「よみがえる第二次世界大戦」 再放送
今年の8月にNHK BS-1で放送した
「よみがえる第二次世界大戦 ~ カラー化された白黒フィルム」
が、昨晩から、NHK総合テレビで再放送されている。
今夜は第2回「日米開戦」
明日は第3回「人類の悪夢」
放送時間は、ともに深夜0時30分から。
詳しい内容は、こちらに。
http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2009/08/apokalypse.html
今年の8月にNHK BS-1で放送した
「よみがえる第二次世界大戦 ~ カラー化された白黒フィルム」
が、昨晩から、NHK総合テレビで再放送されている。
今夜は第2回「日米開戦」
明日は第3回「人類の悪夢」
放送時間は、ともに深夜0時30分から。
詳しい内容は、こちらに。
http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2009/08/apokalypse.html
ポレポレ東中野で、心に沁みてくる素敵な映画の上映が
静かに始まった。
「大きな家」。
岩手県の山中、タイマグラという集落に移住した
一家の子供たちの成長記録。
(予告編) http://www.youtube.com/watch?v=R1bQ2fJsx4o
監督の澄川嘉彦君は、僕のNHK時代の同期だ。
1988年に僕らはともにNHKに入局、
研修所時代からの仲良しだった。
その後、僕は沖縄放送局へ、
澄川君は仙台放送局へ赴任し、
僕らはそれぞれ人生を左右する出会いがあった。
澄川君は、NHK同期とはいえ、
僕にとっては遥か前を進む尊敬すべき「先輩」でもある。
1996年、僕は雲南省の山奥の村を長期取材することになったとき、
澄川君を招いて勉強会をしたことがある。
僕は澄川君が、NHK1年生時代からタイマグラで撮影していた映像が大好きだった。
「ねえ、どうやったら、こんなに素敵で自然な絵が撮れるの?」
僕は澄川君に尋ねた。
「柴田、ディレクターとしての仕事の半分は、
おばあちゃんの畑仕事の手伝いだったよ。
カメラマンはフリーに動けるようにしておいて、
僕はおばあちゃんの畑仕事ずっと手伝っていた。
カメラの邪魔になるときだけ、
おああちゃんの傍から離れた」
そして、主人公も何も決まらないまま雲南の山奥に行く僕に、
澄川君はこう言った。
「きちんとした暮らしのあるところには、
きちんとした人が必ずいる。
立派で魅力的な人が必ずいる。
柴田、主人公探しなんか、心配しなくていいよ」
その言葉を胸に、僕は雲南へと旅立ったのだった。
そうして仕上がった作品が、「風の橋」。
この取材を通して、僕は大きな一歩を踏み出すことができた。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
●「大きな家」は、ポレポレ東中野で、毎朝10時30分から上映。
ほんとうに素晴らしい映画なので、
ぜひ足を運んでください。
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
「助成金」と聞くと、書類の申請が大変で
対応がお役所的な固いイメージ(偏見)を私は持っています。
でも、助成金を出す側、受ける側が
お互いの顔が見え、声が聞こえる関係を築く
努力を惜しまなかったとしたら
お金に息を吹き込められたとしたら
どんなことが起こるのでしょうか?
2008年の7月に「ひめゆり」の松江上映会がありました。
上映後、約40万円の余剰金(黒字)が生まれました。
実行委員会では、上映後、若い人に呼びかけをしたけれど
ほとんど若い人が上映会に足を運んでくれなかったことを残念に思いました。
そこで、松江の実行委員会は、ひめゆりを上映したいけれど予算がない島根県内の
高校の上映料金を代わりに上映会の余剰金から払うという仕組みを考えだしました。
つまり「助成金」が誕生したのです。
2009年の1月に島根県内の高校に募集要項を送り
11月11日に最後の4校目の上映が終わりました。
実行委員長の高嶋さんからの報告を転載します。

高嶋さん2008年の7月の上映会にて
---松江「ひめゆり」上映実行委員会 高嶋さんより報告
11月11日の13時より分校で「ひめゆり」の上映会が
ありましたので報告します。
全校で60人ちょっとの小さな学校でした。
上映する場所も体育館や大きな視聴覚室がないので、
学校の隣に立っている会館をお借りして行われました。
毎年、2年生は沖縄に修学旅行に出かけます。
今年は12月に行く予定になっているそうです。
沖縄については2、3年生はかなり事前学習をし、
学習発表や調査をしているとのことでした。
担当をしてくれたK先生によれば、
第一次の募集は応募しようか悩んでやめ、
朝日新聞の記事を見た後「しまった!」と思っていた所に
二次募集があったので、職員会議にはかる前に勝手に
応募しちゃったとか。
ただし、職員会議では特に議論、反論はなく一発OKだったそうな。
ここら辺が小さな学校の良さですね。
上映前にひめゆりの監督や澤幡カメラマンに聞いた話しと、
松江での上映会の様子を話しました。
富士さんに「映画を見て気づくこと」を担当の先生が大切にしている
と聞いていたので、今日は松江で作られていた手榴弾の話しと
僕が上映会を何故やりたかったかという事を少しだけ付け足しました。
挨拶は何度やってもなれません。

僕は高校生と「ひめゆり」を見るのは3回目です。
いつも思うのですが、高校での上映会は希望にあふれている。
共通しているのはコトバにならぬコトバを感じる事でしょうか。
ショックの大きさにすらすら感想をのべた生徒に会ったことがない。
言葉にできる事には限界があります。
ひめゆり学徒隊の証言もコトバに詰まったり、
語りだすまでの余白や語り終わった余韻に真実があるように思います。
上映会をただのイベントにしない為には丁寧に映画を「届ける」
しか方法は無いようです。
今回、先生方の反応が変わったのが印象的でした。
学校助成をした外部の人間が訪れる事で学内行事の上映会が、
学校の外と繋がったように感じました。映画を生徒に見せる、
知識を与えるという立場ではなく、様々な人たちの「想い」が映画を運んでいて、
自分たちもそのバトンを渡す一人である事に気づいてもらえたと思います。
小さきものの声を大切にできる世の中を作らねば
どうにもならないとの意見で一致しました。
上映会が終わってから長らく副校長先生と話しました。
取り急ぎ。
高嶋敏展
----報告ここまで
小さな分校で映画を上映するのは、予算規模の制約もあり
今回の助成は本当にありがたいとK先生はおっしゃっていました。
こういった助成が他の映画にも広がっていけばいいなと思います。
そして映画の送り手の姿勢が映画の価値を2倍にも3倍にもする可能性を
持っていると強く思いました。やはり『愛』です!!(富士)
明日14日は事務局のある地元で初めての上映会です。
11月14日(土)11時~/14時30分~ *各回定員70名(申込順)
東京都西東京市 谷戸公民館
旅の本屋のまどで「フィンランド・森の精霊と旅をする」発売記念イベント
「フィンランド 聖なる森の国へ」が 10月23日に行われました。
ご来場いただいた皆さんありがとうございました。
立ち見が出る満席でした!満席でお断りした皆さん申し訳ありませんでした。

前半は翻訳をした柴田昌平によるお話やフィンランドの映像を観て
フィンランドで出会った「フィンランド・森の精霊と旅をする」の原書のことや
フィンランドで出会った人々と、彼らが持っている目に見えない
世界などについて語りました。

後半はフィンランドの伝統弦楽器のカンテレの生演奏を聴きました。
カンテレを快くボランティアで演奏してくださった
はざた雅子さん、 高橋翠 さん 横山夏子さん 池田早紀さんありがとうございました。

カンテレの音が遠くに遠くに、伝わって広がっていく不思議な響きを体験しました。
広い草原の中、森の中で遠くに伝わっていく
小さな小さな話し声のようです。
東京の喧騒の中で、静けさを感じる貴重なひと時でした。
この素敵なカンテレのミニ演奏会はエイシアの新しいスタッフ
池田早紀さんのアレンジにより実現しました。
「フィンランド・森の精霊と旅をする」がエイシアへ縁を運んできてくれた
池田んさんについてはまたの機会にご紹介します。
すばらしい場所をご提供いただいた、のまどさんありがとうございました。
やはり、場、空気というものは大切で、よい空間があると
それに沿うように、楽しいもの、美しいもの、音楽や文化が集まってくるのだなと
実感する一晩でした。
旅の本屋のまどのブログでも当日の様子が書いてあります。
報告: 富士海
こんにちは、プロダクション・エイシアの富士です。
10月23日に「フィンランド・森の精霊と旅をする」発売記念イベントを
旅の本屋「のまど」で開催していただくことになりました。
お近くの方は是非ご参加ください。
フィンランドの映像、音楽、お話しを聞きながら
秋の静かな晩のひと時をお過ごしください。
昔、荻窪に住んでいた森の精霊が遊びに来てくれるかもしれませんね!
この本屋さんは、旅というキーワードを手掛かりに
さまざまなジャンルの本に出会うことができます。
新刊の本や古本といった区別もせずに並べられた本棚は
自分の書斎にいるような落ち着いた居心地の良さがあります。
昔訪れた土地の本を眺めるときの切なさの混じった懐かしさ
憧れている国の本に出会う胸の高まりを感じてしまいます。
自分の中の旅の存在を改めて感じる場所です。
のまど(nomad)は英語で遊牧民の意味なんだそうです。
以下ご案内
「フィンランド 聖なる森の国へ」
大きな木には精霊が宿るとフィンランドの人たちは信じてきました。
本の翻訳をした柴田昌平によるフィンランドの映像をまじえたお話し
フィンランドの弦楽器カンテレの演奏もあります。
【開催日時】 10月23日(金) 19:30 ~ (開場19:00)
【参加費】 400円 ※当日、会場にてお支払い下さい
【会場】 旅の本屋のまど店内
【申込み方法】 お電話、ファックス、e-mail、または直接ご来店のうえ、
お申し込みください。TEL&FAX:03-5310-2627
e-mail :info@nomad-books.co.jp
(お名前、ご連絡先電話番号、参加人数を明記してください)
※予約は満席となりました。ありがとうございます。
受け付けを終了致しました。
【お問い合わせ先】
旅の本屋のまど TEL:03-5310-2627 (定休日:水曜日)
東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1F
http://www.nomad-books.co.jp
主催:旅の本屋のまど
協力:プロダクション・エイシア
●よみがえる第二次世界大戦
~カラー化された白黒フィルム~(全3回)
(1)8月12日 水曜深夜[木曜午前] 24:10~1:00
(2)8月13日 木曜深夜[金曜午前] 24:10~1:00
(3)8月14日 金曜深夜[土曜午前] 24:10~1:00
※NHK、BS-1にて放送
第二次世界大戦の開始から今年で70年。
ナチスの台頭、ヨーロッパ戦線、そして太平洋戦。
埋もれていた記録映像を丹念に掘り起こし、
綿密な時代考証と地道な作業によって、
白黒映像をカラー化しようという試みを、
NHKとフランスの国際共同制作により行ったものです。
多くの方々が精魂こめて進めてきたプロジェクトの最後に
私は編集・構成として携わらせていただいたのですが、
カラー化された映像の力に、大きな衝撃を受けました。
たとえば戦場に投入された日本兵たちの姿。
過去の人ではなく、いますぐそこにいる隣人、
いや、自分自身の姿に見えてきます。
あるいはさっきまで笑っていた人たちが、
次の瞬間には想像を絶する虐殺の現場にいる・・・。
日常と戦場との境がいかに脆く崩れるのかを感じます。
番組を編集しながら、祈りつづけるような思いでいました。
平和を守るには、たえざる日常の努力が必要なこと、
人権という概念を、私たち人類は
どれほどの代償を経て得たものなのか、
改めて気づきました。
素材となった映像は、もともとは
プロパガンダ目的で撮影されていたものが大部分です。
また、アジア戦線など、映像が乏しい地域については、
残念ながら今回は触れらていません。
それでも、こうして記録として映像を残してくれたことで
私たちは多くのことを学ぶことができます。
第二次世界大戦をトータルに把握できる画期的な番組になったと思い、
一人でも多くの方にご覧いただきたいと思っています。
(スタッフ)
語り:黒沢保裕
音楽:川井憲次
監修:大森洋平 / ダニエル・コステル
音声:柳田敬大
映像技術:森田文雄 / 北澤孝司
映像カラー化:フランソワ・モンペリエ
タイトルデザイン:市川千鶴子
ディレクター:柴田昌平 / イザベル・クラーク
制作統括:片山純一 / ルイ・ヴォードビル
国際共同制作 NHK / FTD / CC&C(フランス)
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
NHKのこの番組のHPは http://www.nhk.or.jp/frontier/warandpeace/0816.html
『ひめゆり』は沖縄へ修学旅行に行く前、行った後に学習の一貫として
鑑賞することが多いです。これから修学旅行が増えるに従って
上映会も各地の学校で行われていきます。
一昨日送られてきた高校生の感想を紹介します。
戦争やジェノサイドの恐ろしさというのは、
人が大量に殺されるということではなく、
そこには個人の死が存在しないということではないかと思います。
たくさんの人が亡くなった。「約」何万人。
そこに個人は存在しません。「ひめゆり」に登場した資料館などは、
できるかぎりの個人の復元、自分が愛した個人を、
戦争を構成する死の中の一部から取り戻し、
再び生き返らせ、きちんと埋葬するために作ったのだと思います。
死を再認識するとは、もう一度記憶のなかで死ぬわけですから、
精神的にはそれはもう辛いものだと思います。
私は死を知らない。知らないものは、怖い。
だから知ろうとする、必死に。(みなは違うの?)
人は未来ばかりを追って、過去を清算しないまま来てしまった。
それらのつけが今、まわってきている。
考えることをやめてはいけない。
それは確実なる死だ。人間らしく、
幸せに生きるとは考えることなしにはありえない。
戦争というのもまたひとつのつけだったのじゃないだろうか。
人は考えることをやめ、ひとつのことを妄信したゆえに、
人間らしく死ねなかった。
考えることは疲れるし、めんどうだ。
それを他人にあずけ、楽をした結果が戦争だったのではないだろうか。
「ひめゆり」を観た後、「感動して泣けた」と騒いでいる人が多かったが、
あの映画は同情されるために作られたのではないのでは?
未来は見えない、分からない。
いつ何が起こるか。明日には死ぬかも、狂うかもしれない。
人は過去からしか学べない。過去を学んだ上で、予想して、
考えて、最悪の事態を逃れるために。
「ひめゆり」を観て、私はただただ怖かった。
悲劇の再演は近い。それが戦争なのか、そうでないのかはわからないけれど。
人が人でなくなる日は、もしかすると明日かもしれない。
(2-4女子)
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
7月18日(土)~8月7日(金)まで
川崎市アートセンターでひめゆりの上映会が行われます。
副音声、日本語字幕、手話弁士つきなど、今まで証言を
届けることができなかった人たちを大切にした上映です。
違う言語や文化背景を持った人たちがお互いを尊重しあうことを
「多文化」という言葉で表すことがあります。
映画でも「多文化」が実現できたら嬉しいなと思います。
盲人は、映画の中にでてくる字幕を誰かが読み上げたり、
映像の説明があれば映画を楽しむことができます。
必要な部分を副音声として読み上げる上映を行います。
ろう者、難聴者は、映画の中の語りの代わりに
字幕をつけることで映画を楽しむことができます。
![]()
でも、字幕だと伝わりにくい、字幕が苦手な人には
十分に映画の内容が伝わらない場合もあるようです。
そこで、手話弁士付き上映も試みます。
スクリーンの横で手話で語るという表現方法です。
きっとまだ映画を届けることができない人たちがたくさんいます。
これからもいろいろな映画の楽しみ方が出てきていいと思います。
今回、急に副音声をつけた上映会が出来るようになったわけではなく
映画を応援をしてくださっている方々の厚意で実現しました。
副音声は、長岡市の上映会で市民が
副音声をつけるために台本を作っていてくれたからできました。
字幕が出来たのも、字幕つき市民上映会を開いてくれた
函館、松本、ふじみ野市、野方で
字幕台本を少しずつ改良をしてくださっていたからです。
ひめゆりは公開されてから3年目の映画です。
少しずつ一人ひとりの市民の想いや地道な努力の積み重ねで
豊かになってきている結果が表れはじめています。
<お願い!>
7月18日~20日まで 11:40からの回で
副音声を朗読をするボランティア、駅から劇場までの送迎をするボランティアが
盲人のお客様のご来場を待っています。
今まで台本を作るところから、時間をかけて準備をしてきました。
もし知り合いの盲人がいれば是非お知らせをしてください。
18日はまだ盲人の申込がないそうです。
バリアフリー上映というと、映画が届かない人へ向けたマイノリティーサービスと
実際に開催するまでは思っていました。
でも、多様な文化に出会ったり触れ合う場なのではないかと思い始めています。
川崎市アートセンターでの様々な形の上映に触れた後でもう少し
文化ということについてお話が出来るようになっているかもしれません。
何々が出来ない人のために何かを補うための
「福祉」という視点でバリアフリー上映をとらえてきたことに
違和感を感じ始めています。
「文化」という視点でバリアフリー上映を捉えてもいいのかなと
考え始めています。
★川崎市アートセンター上映情報★
【上映日時】
(副音声つき)
7/18(土)、19(日)、20(月祝)11:40
(日本語字幕つき)
7/18(土)、19(日)、20(月祝)11:40
7/29(水)、30(木)、31(金) 10:00
(手話弁士つき 字幕なし)
7月26日(日)・28日(火)10:00
*26 日は上映後に2Fコラボレーションスペースにて、
「米内山明宏さんと語ろう~手話弁士の可能性...」(無料)も開催
【日時(全日程)】
7/18(土)~7/24(金) 11:40 17:30
7/25(土)~7/31(金) 10:00
8/1(土)~8/7(金) 19:40
※月曜休映(祝日の場合翌平日休映)
【場所】
川崎市アートセンター(小田急線新百合ヶ丘駅より3分)
http://kawasaki-ac.jp/access/index.html
手話弁士つき、副音声つき上映予約方法
http://kawasaki-ac.jp/cinema/daredemo.html
手話弁士上映詳細
http://blog.livedoor.jp/documentary_himeyuri/archives/51387843.html
副音声つき上映詳細
http://blog.livedoor.jp/documentary_himeyuri/archives/51387846.html
映画「ひめゆり」を観る会事務局の富士です。
7月4日岐阜県高山市でひめゆりの上映会が行われます。
バックに組織がない個人の実行委員会が、
1枚1枚手渡しでチラシを配り、チケットを買っていただき
悩みながらも丁寧に丁寧に
昨年に続き今年も上映の準備をされています。
昨年も当日までお客様に来てもらえるのか
不安な想いを一度したはずなのに
それでも2度目の上映をしようと決断をした石原さん
その想いはどこからわいてくるのでしょうか?
以下「ひめゆり」を上映する会・高山 ブログより転載
http://himeyuritkym.hida-ch.com/e114358.html
エピソード
映画「ひめゆり」のパンフレットには、証言者のプロフィールとエピソードがのっています。
その中から、一部を紹介します。
6月23日の沖縄戦終結を知らず、8月22日までの2ヶ月あまり、戦場で偶然出合った弟や学友らとひめゆりの塔一帯を逃げ惑っていた。
8月15日に米軍が戦勝を祝って上げた祝砲を、日本軍による逆上陸が始まったと思った。
米軍に投降したとき、極度の栄養失調のためにやせ細り、髪の毛も抜けてしまっていた。
沖縄戦は、1945年6月23日に、一応の終結をみます。
「沖縄慰霊の日」は、その、6月23日です。
「沖縄の戦争」は6月23日に終わっていたのに、それを知ることができず逃げていたのです。
逃げて、逃げて、生きのびて。
その体験は、忘れたいはずのものです。
それほどの体験を、60数年前の少女はしたのです。
私たちにできるのは、それを聞いて、そして考えること。
それだけなのかもしれません。
でも、何かできることがあるのかもしれません。
まだ、よくわかりません。
とにかく、観てほしい。
そして、自分にひきよせて考えてほしい。
そう思うのです。
---
今日届いた手紙もご紹介させていただきます。
---
富士様
先日、「GATE」という映画の上映会が、市内でありました。
主催者にお願いをして、会場内で、ひめゆりのPRをさせてもらいました。
前売りが、10枚ほどうれまして、当日精算券も、数多く手渡しできました。
ただ、年配のお客さんが多く、念願の若い人へのPRというわけにはいきませんでした。
今週土曜日(6月27日)には、またしてもお寺関係なのですが
市内の有名寺院境内でのフリーマーケットに参加します。
ひめゆりを上映する会として、ブースを設けて、PRにつとめます。
今度の上映は、2度目なのですが、バックに組織のない私たちにとって
映画の宣伝というのは、なかなかたいへんです。
回を重ねても、それはかわりません。
市内および近隣の高校には、ポスターを掲示してもらいました。
チラシな、修学旅行で沖縄へいく、2年生全員の手にわたるようにお願いして
先生に預けてきました。
教育委員会にお願いして、飛騨地域全部の小中学校の先生に、
一枚づつ渡してもらいました。
長寿会の事務局へ行って、役員会で配ってもらえるように
役員全員分のチラシを預けてきました。
森達也さんの講演会でも、チラシを配らせてもらいました。
あれやこれやとスタッフがそれぞれ工夫してはいますが
手応えがわからないというのが実情です。
特に高校生へのアプローチは難しいですね。
もっと良い方法があったのではないかと、反省しきりといったところです。
あとわずかの時間ですが、良い上映会となるように
ぎりぎりまでああだこうだしてみようと思っています。
---
最後に本日いただいたメールより
---
昨日、バッヂ等々、届きました。
ありがとうございました。
早速、明日のフリマで、バッヂとポストカードを並べてみます。
天気がよくて、人がたくさん集まるように祈っていてください。
今日の高山は、とてもとても暑いのですが、木陰は涼しくて、ほっとします。
あと1週間、気合い入れてがんばります。
石原
「ひめゆり」を上映する会・高山
--------
7月4日(土)14:00~/19:00~
岐阜県高山市 高山市民文化会館小ホール
問い合わせ:「ひめゆり」を上映する会・高山
http://himeyuritkym.hida-ch.com/
TEL:090-2573-1455
メール:himeyuritkym@yahoo.co.jp
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
6月23日の沖縄慰霊の日の2日前
埼玉県の上尾で市民による『ひめゆり』の上映会が行われます。
実行委員会からお手紙をいただきましたのでご紹介いたします。
とにかく頑張って準備を進めていることがいつもひしひしと伝わってきます。
ご近所の方応援をよろしくお願いします。

浦和にあるREDS WAVE コミュニティFMでPR活動
てぃだエイサー隊の宮野です。
私たちは埼玉県北本市を中心に活動している
創作エイサー団体です。
エイサーとは、沖縄本島で毎年旧盆の時期に踊られる
日本本土でいう盆踊りのようなものです。
各地域の青年会が旧暦7月13日のお迎え(ウンケー)
から15日のお送り(ウークイ)まで三日三晩かけて
道を練り歩いたり、家々を訪問し
ご先祖様に感謝の気持ちを込めて勇壮に太鼓を打ち鳴らします。
そんな沖縄の伝統でもあるエイサーを
内地でしかもヤマトンチュが踊るということに
なんのために踊るのか?知っていて踊っているのか?
という問いを投げかけられたことが何度もありました。
私たち自身も、なぜ自分たちは踊るのか
自分たちがエイサーを踊ってもいいのだろうか?
という自問自答を繰り返し続けてきました。
でも、活動を長く続けていくうちに
沖縄出身の方に褒めていただいたり
楽しく踊ればそれでいいんだよと声をかけていただいたりと
少しずつ自分たちらしいエイサーを踊れるようになりました。
そんなふうに、多くのことをもたらしてくれた沖縄に感謝し
今年で結成10年目を迎える節目に
そしてこれからもエイサーを踊り続けていくために
映画「ひめゆり」の上映会を主催することは必然だったと思っています。
そんな私たちですが、そうはいっても上映会なんてやったこともなく
素人集団ですが、みんなの知恵を振り絞り
なおかつ自分たちらしい上映会にしようということで
宣伝活動をしました。
沖縄に関連するお店(料理店、物産店)
近隣市内にある公共施設
(これは教育委員会等の後援をとらなかったので限られてしまいました)
JR高崎線沿線駅の掲示板
(こちらも営利目的のものは貼れないと断られること多数でした)
などにチラシを置かせていただいたり
ポスターを貼らせていただいたりしました。
また、いままで演舞をしに行った施設や関わったことのある人たちに
お願いをしてチラシを置かせていただいたりしました。
あとは、色々な場所でエイサーを踊った際に
チラシをまき上映会の宣伝をしました。
今日(6月14日)、浦和にあるREDS WAVE
というコミュニティFMでPR活動をしてきました。
8月に埼玉で開催されるエイサーイベントの関連でお会いした
ベーシストの重広誠さんがパーソナリティの
「kikiミミ・ダンボ!~美ら海ちゃんぷる~」という番組に
てぃだエイサー隊が出演しました。
http://redswave.com/ ←こちらから音声のみですが聞くことができます。
準備期間残り1週間となってしまいましたが、もうひと踏ん張り頑張ります。
てぃだエイサー隊のHP
http://imix.chu.jp/thida/
ひめゆりの上映日程
6月21日(日)14:00~/17:00~
埼玉県上尾市 上尾市コミュニティセンター
問い合わせ:てぃだエイサー隊
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
6月23日(沖縄慰霊の日)を大切に
6月にこだわった上映会を今年も行います。
沖縄慰霊の日とは、沖縄で戦われた組織的な戦いが
終わったとされている日です。
ですから、6月を大切に映画を上映しています。
『ひめゆり』は映画の形をしてる「証言」です。
1年や2年で証言が忘れ去られてしまうと思って
ひめゆり生存者が証言をしたとは思いません。
もっと遠くの未来に向けてお話をされていると思います。
この上映会を支えて下さっているボランティアや応援して
くれている皆さんがいる限り証言を未来へ届けることができます。
映画『ひめゆり』の年明けは6月です。
来年の6月がまた幸せな月でありますように今年もどうぞよろしくお願いします。
ポレポレ東中野の公開初日6/13の
上映後に特別トークを開催します。
★トーク「子どもと戦争」★
【トークイベント 伊勢崎賢治と語る「子どもと戦争」】
国連、日本政府代表として世界で紛争処理を指揮してきた
東京外語大学の伊勢崎賢治さんに「子どもと戦争」
というきっかけで自由に語っていただきます。
聞き手はひめゆりの監督柴田昌平です。
今、世界の各地でこども達が戦争の被害にあっています。
でも、遠くの国で起こっていることを、
私達が、身近な問題として捉えることは難しいものです。
伊勢崎さんは言います。
「"原体験"を持っている人は、その原体験を動機づけにして
今自分に出来ることをすればいい。」
伊勢崎さんの原体験とは?
そして、現在の活動の先に伊勢崎さんが見ている世界とは?
トークの詳細:
http://blog.livedoor.jp/documentary_himeyuri/archives/51362733.html
<6月の上映日程>
★ポレポレ東中野
2009年6月13(土)~26(金) 10:00~
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
★山形フォーラム
2009年6月13(土)~19(金)上映日により時間が異なります。
http://forum-movie.net/yamagata/pc/events/event.html
★てぃだエイサー隊
2009年6月21(日)14:00~/17:00~
http://imix.chu.jp/thida/
埼玉県上尾市 上尾市コミュニティセンター
詳しい上映日程はこちら
http://www.himeyuri.info/howto.html
出版をした版元としては、なんとも情けない話ではあるが、
「フィンランド・森の精霊と旅をする」が
ようやく、紀伊國屋書店にも配本された。
平積みで!!
↓

この写真は、
僕の18歳の頃からの親友Sayakaの友人が
紀伊国屋新宿南口店で偶然発見し、
撮ってくれたもの。
知らせてくれて、ありがとう。
どんな方が、手にしてくれるのだろう・・・・
森の奥深くのスピリットを扱ったこの本が、
こうして大都会の中心の、
人目に触れるところに堂々とあると
なんか気恥ずかしいような、
不思議な感じがする。
先週のmoiでの刊行記念イベントに
来てくださった方から、お便りをいただいた。
「精霊、木と人の関係で思いだしたこと。
私の家では、子供たちは小学校に入学するときに
自分の木を買ってもらい(木は自分で選んで)
庭に植えます。
私は杏の木を植えました。
なかなか大きくならなかったのですが、
20年目にようやくたくさんの実をつけてくれました。
小さいころから、木に話しかけたりしていて、
ホントに自分の分身のようでした」
木は自分の分身 ――― フィンランドの人と同じ感覚・・・。
人と生きものとのつながり、
深い水脈にのびる根と根がつながるような、
何かなつかしいような感じがします。
これを読んでいる方の中にも、
そんな思い出の木、「分身の木」を持っている人は、いますか?
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
『ひめゆり』を昨年上映していただいた山形のぷらっとほーむの松井愛さんと
その仲間たち、今年2度目の上映をします。お便りをいただきました。
地元の映画館、山形フォーラムを市民が1週間借りて
『ミリキタニの猫』と『ひめゆり』を上映するという試みです。
映画の上映を通して松井さんをはじめとする山形の人たちが
何を求めているのか、その姿勢に、いつも学ばせていただいています。
「成長」という言葉が一番あうのかなと思います。
フリースペースという居場所づくり、生きた学びの場に
映画が飛び込んだ化学反応をこれからも見続けていきたいなと思います。
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エイシアのみなさま(5月11日のメール)
今晩は。ぷらっとほーむ松井です。
先日は6周年のお祝い(チラシ&ポスター&お煎餅)
どうもありがとうございました!
「ひめゆり」&「ミリキタニ」共催の
戦争ワークショップ(事前学習会)、今週からスタートです。
http://d.hatena.ne.jp/taki-plathome/20090510/1241955656
初回の14日(木)には、
県内読者No1・山形新聞の記者さんが取材に来てくれます。
ラジオ出演もひとつ決まりました。
明日は山形県聴力障害者協会の会長に会って
協力の依頼をしてきます。
こんな感じで「ひめゆり」上映2年目の山形は
徐々に熱を帯びていますよ。
「去年もやったからねぇ...」という反応と
「こういう機会はあり続けることが大切!」という反応と
半々な感じです。
その隙間に「去年見逃した!今年は観たい!」という反応も。
2年目は難しいと言われながらも、
もう一方で広がりの余地も感じています。
今夜は実母を連行してぷらほで夜勤してます。
母はポスターの下ビラ貼りを始めとした
単純作業を手伝ってくれています。
明日はぷらほ主要メンバーを休日召集。
チケットのナンバリングの続きなどの
事務作業を手伝ってもらう予定です。
ぷらほのHPにも「'09『ひめゆり』上映会」のページ作りました↓
http://www11.plala.or.jp/plathome/2009-himeyuri.htm
以上、山形の状況報告でした。
あと1ヶ月、出来る限り頑張ります!
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エイシアのみなさま(5月26日のメール)
松井です。こんにちは!
もうすぐ6月。
いよいよ上映会が近付いてきました。
これからが勝負ですね。
2年目の上映とあって、どれくらい新規開拓できるか不安でしたが
昨年回れなかったところを重点的に回っているせいか、
悪くない手ごたえです。
市民活動支援センターの石山さんという方は
チケットを10枚お預けした次の日に
「もう8枚売れた」とメールを下さったほどです。
これが最終的にどういう結果に結びつくかは未知数ですが、
昨年届けきれなかった方に届けられているという実感はあります。
聴力障害者協会を始め、聾の友達にも広めていますよ~。
さて、山形フォーラムのイベント情報に
『ひめゆり』×『ミリキタニの猫』の特設ページが載りました↓
http://0311db.net/d.html
昨年も今年も『ひめゆり』のチラシを作ってくれた
Tさんという方の作品です。
フォーラム設立当初からのメンバーである彼は
「フォーラムで上映される映画は何でも応援する」
というスタンスだそうです。
頼めば高額なHPを、さらりと作ってくれました。
こうした縁を得られたのも、ひめゆりのおかげです。
ぷらっとほーむ 松井 愛
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NHKテレビ伝言板収録の模様↓
http://d.hatena.ne.jp/taki-plathome/20090521/1242964528
第1回戦争ワークショップの模様↓
http://d.hatena.ne.jp/taki-plathome/20090514/1242362294
漫画「なぜ今年も『ひめゆり』を?」↓
http://d.hatena.ne.jp/taki-plathome/20090516/1242459837
子ども・若者たちの居場所づくり ぷらっとほーむ
http://www11.plala.or.jp/plathome/
昨晩は、東京・吉祥寺にある 北欧カフェ moi〔モイ〕 で
「フィンランド・森の精霊と旅をする」の刊行記念イベント。
マスターの岩間洋介さんと、本の監修の上山美保子さんが企画して
実現してくださった。

集まってくださったのは
素敵な女性たちばかり。
皆さんの嬉しそうな表情が
これからの僕たちにの
かてとなる。
この本を作ってよかった・・・・。
|
映画「ひめゆり」の上映スタッフでもあり、
この本の販売も担当してくれているスタッフの富士さんの言葉。
今まで映画の広報をしてきた時に、
誰が、どこで、どのように上映をするかで
映画がどのように伝わっていくかが違うのだなと感じてきました。
本も、誰が、どのように売っていただくか、
つまり、その人の手に渡るまでのプロセスを大切にすれば
きっと、本を買われた方が本と過ごす時間も
よいものになると思います。
そういった時間を渡すという意識を持って行ったら
素敵なのではないかと
昨日のイベントを通して感じました。
フィンランドの森の土は、何前年、何万年そこにあって、
ゆっくりと呼吸をしてきたと思います。
そこに生きてきた森の木も動物も人間も
きっとその呼吸に沿って生きてきたと思います。
そのような呼吸、そこに流れている時間を意識しながら
本を広げていくことが出来ればと願います。
(富士海さんのコメントより)
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
「フィンランド・森の精霊と旅をする」は、今後
北欧カフェ moi [モイ] でも発売していただきます。
まだご覧になっていない方は、
カフェでゆっくり飲み物を楽しみながら
本を手にとって、確かめてみてください。
東京・西荻窪にある「旅の本屋 のまど」。
ここでも、きょうから、「フィンランド・森の精霊と旅をする」を
扱ってくださることになった。
実は、ここは富士さんのお気に入りの本屋さんのひとつだ。
のまどには、「旅」をキーワードに、
店長の川田さん自らが厳選した本を揃えている。
ゆったりしたスペースに、椅子も置かれ、
お客さんは急かされることなく、
ゆっくりと心の旅にふけりながら、本を選ぶことができる。
「フィンランド・森の精霊と旅をする」という本にとっても
幸せな場所のひとつだろう。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
●以下は、旅の本屋 のまど HPより
海外では、街なかに普通の本屋さんに混じって
「旅の本屋」が点在している風景をよく見かけます。
旅好きな人たちが、旅に出る前や、旅の途中、旅の後などに
そういった「旅の本屋」で旅への想いにふけり、
心豊かに店を後にする、
そんな文化・習慣が海外では日常生活に根付いています。
また、そういう「場所」を大事に育んでいるのです。
ところが、日本ではなぜかそういった「旅の本屋」は
ほとんど存在しませんし、
そういった「場所」もないのが現状です。
「旅の本屋のまど」は、そんな日本人の旅の現状を
少しでも変えたいという想いから誕生しました。
現在、当店では「旅」というキーワードを
お店の大きなコンセプトにすえて、
大きく2つの点を特徴に品揃えを心掛けています。
まず、新刊本、古本を区別することなく
同じジャンル、同じ作家の棚に並べています。
また、文庫、単行本といった分け方もしていません。
これは「旅」をテーマに棚を作る際に、
従来の「新刊」「古本」といった分け方は
棚作りのさまたげになると考えました。
そこで、当店では新刊本の隣に古本が並ぶといった
ユニークな棚になっています。
また、本のセレクトに関しては
「旅の本屋」だからといって
ガイドブックや地図、旅行記といった本だけに
限定していません。
一見「旅」とは無関係にみえる文学や音楽、映画、思想、
料理、スポーツ、政治、宗教なども
どこかで「旅」と関連しています。
そこで、当店ではさまざまなジャンルから
「旅」を感じさせてくれる本をセレクトし、
「旅」への好奇心を抱けるような陳列、展示を心掛けています。
「のまど」とは、英語で「遊牧民」という意味です。
当店も「遊牧民」のように何にも束縛されることなく
自由な発想で品揃えをし、
皆様に楽しんでいただけるような「旅の本屋」になれればと考えています。
僕は、当然のことながら、映画、
とくにドキュメンタリー映画が大好きだ。
そして、すばらしい作品に出会うと、嬉しくて嬉しくてたまららない。
からだの中の細胞ひとつひとつが元気になる。
きのう、京橋にある日本映画美学校の地下の試写室で
2つの作品を拝見した。
素晴らしい作品だった。
1.「大きな家 ~タイマグラの森の子どもたち~ 」 (澄川嘉彦監督)
2.「風のかたち -小児がんと仲間たちの10年-」 (伊勢真一監督)
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
1.「大きな家 ~タイマグラの森の子どもたち~ 」
の澄川嘉彦監督は、僕のNHK時代の同期の仲間。
NHK入局1年目で出会った岩手県北上山地のおばあちゃんに惹かれ
その後NHKを退職して、おばあちゃんの暮らすタイマグラに移住した。
こうして撮影した「タイマグラばあちゃん」は有名だ。
「大きな家」は、澄川君の監督2作目。
「大きな家、にすんでいると感じることがあります。
実際のわが家は山奥のちっぽけな丸太小屋であり、
お世辞にも大きいとはいえません。
"大きな家"というのは小屋のまわりにひろがっている
森のことなのです。(中略)
東京から一緒にやって来た幼い子どもたちは、
幼稚園もなくテレビも映らないというあまりの暮らしの変わりように、
最初まわりの山を見ながら大声をあげて泣きました。
しかし、いつのまにかチョウをとることに夢中になり
野山をかけまわって遊ぶようになっていきます。(中略)
『おとうさん、わたしたち"大きな家"にすんでいるんだね』」
(澄川監督のプレスリリースより)
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2.「風のかたち -小児がんと仲間たちの10年-」
伊勢真一監督は、「奈緒ちゃん」「ルーペ」「えんとこ」など、数々の名作を生み出してきた監督。
澄川君の作品のプロデューサーでもあり、
「花の夢」の東志津監督を見出しプロデュースするなど、
近年は若手作家の育成にも力を入れている。
「風のかたち」は、伊勢監督が10年という時をかけて記録した
小児がんと戦う子どもたちの姿を見つめた作品。
「10年前、1999年、映画『奈緒ちゃん』を完成させ
自主上映に取り組んでいた頃、
『この企画をぜひ伊勢さんに撮ってもらいたい・・・』
と訪ねて来た方が、資料をドサッと置いて行った。
それは、小児がんの子どもたちのことが書かれた新聞記事だった。
『伊勢さんだったら辛抱強く10年間くらいやってくれるかな、と思って・・・』
頼まれたことはなるべく断らない主義の私は、それから10年、
年に一度行われるサマーキャンプの記録を中心に、
小児がんの子どもたちと医療関係者の、
病気に向き合い乗り越えようとする日々を寄り添うように
カメラで追い続けた。」
(伊勢監督のプレスリリースより)
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
どちらの作品も、子どもの成長を見つめた作品。
子どもの育つ力、
乗り越えなければならないもの、
子どもをとりまくモノたち (親、医者、学校、社会、自然) の努力の大切さ
さまざまなことを考えさせてくれる。
次は、自分の子どもを連れて、これらの作品を観に行こうと思う。
子どもに見せたい。
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【公開予定】
「風のかたち -小児がんと仲間たちの10年-」 は、8月にポレポレ東中野。
「大きな家 ~タイマグラの森の子どもたち~ 」 は、秋にポレポレ東中野で公開予定という。
きょうは、普段はめったに足を運ばない赤坂へ。
ATP、全日本テレビ番組製作者連盟の会合があった。
テレビ界にいる人なら誰でも知っている権威ある組織で、
正直言うと、僕の会社(プロダクション・エイシア)は
ATPの会員になれるような規模ではないのだけど、
昨年、理事の方から強く請われて会員社となった。
映像製作者として、連帯しながら、
よりよい社会を作っていこうという場だ。
最近、外を歩くときは、必ずカバンにフィンランドの本を入れ
営業マンとなっている僕。
名だたる映像製作会社の社長さんたちにも買っていただけた。
確かに、景気は本当に悪いし、各社みんな大きなジレンマを抱えている。
テレビに未来はあるのか、そんな問いもあった。
僕は映像の未来を信じているし、そのための努力もしたい。
うまく行くか分からないけど、
色んな方々に助けられながら、
いま、新たな国際共同制作の枠組みへの参加を試みている。
大阪で7月5日(日)に「ひめゆり」を上映してくださる実行委員のお一人、
村岡正司さんから、嬉しい便り。
「大阪上映会実行委員の「風の本屋」さん、こちらは、
そういう「いい本」ばかりセレクトして置いているお店です。
ちょうどここで(「ひめゆり」の)大阪上映会の前売り券を販売するので、
あわせて置いてもらってはどうですか。
きょう、ひめゆりのチラシをビジュアルアーツに取りに行き、
そのあと、風本まで持っていく予定です。そのときちょっと
話をしておきます。」
その後、「風の本屋」さんと連絡を取り、
「フィンランド・森の精霊と旅をする」を置いていただけることになった。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
「土曜日は風の本屋へ行きましょう
日曜日はからだを休める日 土曜日はこころを休める日
本屋に行くのは仕事とちがう けれどもまるきり遊びでもない
ゆとり心を豊かに充たす 楽しさと有益とが混じり合った 生活の弁証法の世界
ターミナルの巨大書店には本と人とが押し合いへし合い大きすぎて疲れる
といってマンガと週刊誌だけの金太郎書店でも困るしね
風の本屋は絵本天国 子どももおとなも心洗われる童話の森
教育基本法のスジの通った教育書 明日へ働く民主的人文社会科学の本
土曜日は風の本屋へ来てください
おしゃべりもひと時、本だけではない人間臭い本屋へ。」
(あ、この文章、無断転載禁止かしら? いいですか、風本さま?)
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
行ってみたいな、こんな「人間臭い本屋」さん!
村岡さんは、大阪ボランティア協会が発行する雑誌、
「ウォロ(VOLO))」の編集委員。
とてもしっかりとした誌面づくりをする傍ら、
取材を通して知り合ったいろいろな人たちをつないでネットワークを作っている、
「市民プロデューサー」ともいうべき人。
昨晩遅くから、大学以来の親友、岡田眞人君を訪ねた。
僕を、民俗学や文化人類学へと引き込んだ男で、
いまは東京の小平市で福祉作業所「おだまき」の所長をしながら
地域づくりに取り組んでいる。
彼と出会わなかったら、僕は今のような映像記録の仕事もしていなかったろうし、
フィンランドの本をつくることもなかっただろう。
御礼の気持ちをこめて、一冊プレゼントをした。
書店への流通が難しいんだ、という話をしたら、
奥さんの喜代美さんが、
「私、子どもの頃から木が大好きだったんだ」
と言いながら、ページをめくり、じっくり読んでくれた。
「写真がほんとうに素敵ね。
いいじゃない、こんな魅力的な本、
本屋さんだけで売るのはもったいない、
カフェとか雑貨屋さんの方が、
きっとこの本を大事にしてくれる人との出会いの場所になるわよ」
そう言われて、とても気持ちが軽くなった。
眞人君が知人からもらったという「越乃寒梅」を一緒に飲み干し、
真夜中の武蔵野の道を、家に向かって自転車をこいだ。
丸善の丸の内本店で、本を買ってくれた人のエピソードを
きのう書いた。
きょう、丸善の、日本橋店、ラゾーナ川崎店(神奈川)、名古屋栄店(愛知)でも
店頭に置いてくれていることが分かった。
昨年9月になるかなぁ、
この本の翻訳をおおまかに終えて、
どういう日本語版を作るかの打合せを
丸善の日本橋店3階のカフェで行ったのを思い出す。
この地がハヤシライス発祥の地とのことで、
編集の大西さん、デザイナーの市川さんがおいしそうに食べていた。
なつかしい。
*丸善の本店以外に本を置いていただけたのは、
僕の営業の結果ではなく、
JRCの方々や、お店の方々の判断、
そして実際に買ってくださった人がいたからだろう。
ありがとうございます。
「フィンランド・森の精霊と旅をする」の監修をしてくれた
上山美保子さんから、うれしい連絡があった。
「昨晩、フィンランド語の講座があり、
出かけたところ、
受講生の一人が友だちにプレゼントしてもらったと
本を持って来ていました。
職場のそばの丸善@オアゾで見つけた・・・とのこと。
嬉しかったので、お知らせします」
見知らぬ方が、書店で偶然にも、この本を手にしてくれたんだ!!
そう思うと、嬉しくて、嬉しくて。
出版したという実感が沸いて来る。
ちなみに、「丸善@オアゾ」とは、丸善の丸の内本店のこと。
取次のJRC後藤社長によると、
丸善は、本店にはJRCから本が配本されるが、
その他の支店には黙っていたら配本されないので、
営業をした方がいいとのことだった。
がんばらなくては・・・・。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
上山さんは、フィンランド政府機関(技術庁)に勤務しながら、
東京都内でフィンランド語の講座を持ち、教えてもいる。
さまざまな翻訳も行っていて、
ハンヌ・マケラ著の童話「フーさん」は
僕の次女のお気に入りの本のひとつ。
上山美保子さんのブログは、ここ。
http://bluecross.seesaa.net/
フィンランドの本や映画、料理などの世界が
ゆったりとつづられている。
吉祥寺にある北欧カフェ「Moi」で、
5月27日に
『フィンランド・森の精霊と旅をする』
の刊行記念イベントを行います。
詳しくは、こちらを。
http://moicafe.blog61.fc2.com/
3年ごしの夢だった本、『フィンランド・森の精霊と旅をする』
いよいよ本日発売開始となった。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
2年前まで自分が出版を行うことはまったくイメージしていなかった。
それがなぜ?
きっかけは、フィンランドの取材中に出会った一冊の本だった。
2006年から2007年にかけて僕は1年にわたってフィンランドを訪ね、
人と自然の関係について取材をする機会があったのだが、
ヘルシンキ到着の翌日、書店でたまたま見つけたのが
「Tree People」――日本語題は『フィンランド・森の精霊と旅をする』と訳した、
幻想的な写真をふんだんに使ってフィンランド人の自然観を描いた書物だった。
あまりに力強い本だったため、
フィンランド滞在の1年間、
ほぼ毎日のように隅から隅まで眺め、読んでいた。
やがて、この本の著者とも交流を重ね、
それまで計画していた撮影計画も抜本的に改め、
新たな取材の方向を模索していった。
そうして完成した番組が、NHKスペシャル
「世界里山紀行・フィンランド・森・妖精との対話」。
番組制作中から、この本を日本の人たちに紹介できないかと、
幾つかの大手出版社に働きかけをしたのだが、
大型本で全頁カラーの書物。
ほんとうに売れないんだそうだ、こういう本は・・・。
でも何とか日本語版を出したい・・・・。
結局、自らの会社――小さな映像製作会社=プロダクション・エイシアで出版し、
納得の行く翻訳と編集をする決断をした。
大型本のままではやはり多くの人の手に伝えるのは難しいと判断し、
四六版横サイズに変更。
フリーで編集をしている大学時代からの友人や、
映画製作を通して出会ったデザイナーにスタッフに加わってもらい、再編集。
フィンランドの著者たちとも頻繁に連絡を取り合いながら、
オリジナル本の本質を凝縮した新たな書物づくりを目指した。
こうして完成した書物、『フィンランド・森の精霊と旅をする』。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
先週末に印刷工場から納品され、一昨日、「取次」に納めた。
「取次」とは、いわば本の問屋さん。
これから読者の方々のもとへと送られていくと思うと、とても楽しみだ。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
出版は本当に初めて。
最初は「取次」という存在のことも知らず、
友人に教えてもらったり、ネットで調べたり。
素人の僕にとっては、勉強する中で、
トーハン、日販という巨大な取次会社の存在にも驚いたりもした。
でも実績のない僕たちが、こうした大手の取次店と契約をしてもらえる可能性は
ほぼ「ゼロ」だということもわかってきた。
そんな中、JRC(人文・社会科学書流通センター)という
後発の小さな取次の存在を知り、
社長の後藤さんとお会いして話しをするなかで
「この人と一緒に仕事をしたい」と思い、契約をさせていただくことにした。
後藤さんの考え方の根っこにあるのは、
小さくて後発の取次と版元が、ともに共存共栄をめざしていく、
そのためには書店に対して返品制限を設けないで気楽に書籍を置いてもらうようにする、
ただし見計らい配本のように大量にばらまくのではなく
書店の手ごたえを量りながら納品をしていく・・・。
正直に言うと、この本が配本してもらえるのは、
首都圏の大型書店だけだろう。
その他の多くの書店へは、
書店さんが「よし、扱ってみよう」と決断して注文してくれない限り
流れて行かないと思う。
たぶん「アマゾン」にはいつか表示されるはず。
bk1には表示されるようになった。
限界はある。
でも、この本を買いたいと思った人が、全国どこの書店からでも、
注文しさえすれば、入手できる。
それだけでも、大きな進歩だ。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
もうひとつ、図書館への流通も大事にしたいと考えた。
発行する本の公共的な価値については自信があるし、
まずは図書館で多くの人の目に触れられる機会も得たいと思った。
そこで図書館流通センターにも連絡をし、
直接の取引をしていただくことにした。
皆さんが、地元の図書館にリクエストをしてもらえれば、
きっと手に取ることができるはずだ。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
さあ、果たしてこれからどうなって行くのだろう?
ここまで来るまでの間に、
「無謀だ!」「やめた方がいい」
と心配してくれる友人たちもいた。
不安もある。
だけど、「世に出せる」という喜びがそれをはるかに上回っている。
良いものは時間をかければ絶対に伝わっていく、
そう信じているし、そのために必要な努力もしていくつもりだ。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
先日まで、フィンランドから著者の2人の女性写真家が
徳島県の山村に来ていた。
そのときの報告も、いつかしたいと思っている。
時折お伝えしてきた、フィンランドの本(「フィンランド・森の精霊と旅をする」)。
いよいよ印刷の段階まできた。
![]() | 精興社 朝霞工場へ (4月22~23日) |
![]() | 生まれて初めて、こうした印刷に立ち会う。 |
![]() | 印刷機の機長の山中さん |
![]() | 右は色彩調整を責任もってやってくださった加藤さん。コーティングをしていない紙にきちんとした色を出すのはとても難しく、そのために画像データを作ってくださった。 真ん中は、デザイナーの市川さん。映画『ひめゆり』のポスター・パンフレット製作以来、ずっと僕たちの製作を支えてきてくれている。 |
![]() | 編集の大西さん。僕の大学時代からの友人。 僕にNGをどんどん出しまくってくれる貴重な存在。 厳しい! |
![]() | これまで校正段階で何度も色の補正は重ねてきたが・・・・ |
![]() | 印刷は「なまもの」。その日の気温や湿度にも左右される。 何度もためし刷りをしながら、色彩の微調整を重ねていく。 |
![]() | 特に、今回は、フィンランドの原書と同じく、コーティングをしていない特殊な紙に印刷をする。 この紙は色の出具合が難しく、職人技が必要だ。 フィンランドの作者、市川さん、加藤さん、山中さん、それぞれの段階でみんなが工夫を重ねてきた。きょうはその最終工程だ。 |
![]() | 「速乾くん」。 乾くと色の感じが変わるため、すぐに乾かしてくれる「速乾くん」という機械も部分的に使った。 |
![]() | それでも、1日ほど経ってインクが落ち着いてきたときの色彩までイメージしながら、印刷をするのは容易ではない。 紙には「墨⇒藍⇒赤⇒黄」(スミ→シアン→マゼンタ→イエロー)の順番でインクが乗るため、印刷があがった紙からは青いインクほど飛んでしまう。つまり、1日経つと青みが薄れ、全体にやや赤みがかる。 そのことを計算に入れないとならない。 |
![]() | 天井を走る白いパイプには、墨・藍・赤・黄(スミ・シアン・マゼンタ・イエロー)のインクが流れる。 煙は加湿器からのもの。 |
![]() | カバーの裏側。 |
![]() | 精興社の営業の藤巻さん。 「転ばぬ先の杖」をたくさん持っている人。 この人がいなかったら、僕たちの作業は暗礁に乗り上げていただろう。 「精霊の助けを借りれば何とかなるでしょう」とユーモアたっぷり、飄々と導いてくれる。 |
![]() | 印刷の刷版となるアルミプレート。 |
![]() | 精興社は絵本の分野にも定評があり、数々の名作絵本を印刷してきた。 |
![]() | |
![]() | 紙の裁断所。 |
![]() | |
![]() | 葉の緑、幹の質感、青空と草原とのコントラスト・・・・・表現がとても難しい。 |
![]() | 空の雲の光と影の階調も難しい。 |
![]() | ルーペを使って印刷面を確認する加藤さん。 |
![]() | ルーペを通すと、印刷のドットが見える。ドットひとつひとつの色を確認するのだ。 |
![]() | そして微妙なインクの出具合を指示する。 |
![]() | この部分は、赤を少し押さえることに。 |
![]() | 山中さんは、長年の経験の中で、「単に赤を押さえるという場合も、そのために青・黄なども微妙に匙加減をする」という。 |
![]() | |
![]() | |
![]() | だんだんと、フィンランドの写真家たちの望む色に近づいてきた。 |
![]() | 紙を送り出す。ヤレ通し(本紙で印刷をする前にインキ量を調整するための紙)と本紙の境目をチェック。 |
![]() | |
![]() | |
![]() | |
![]() | |
![]() | こうして、印刷機を占領すること2日間。 |
![]() | 納得の行くまで時間をかけて、印刷をさせてくれた。 「こんなに丁寧に印刷してくれる印刷所はない」とデザイナーの市川さんは言う。 フィンランドの作者たちの思いを反映すべく、皆で力を合わせた。 |
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
嬉しい報告があります。
昨年7月に島根県の松江でひめゆりの上映をしていただきました。
観客792名で、この時点での『ひめゆり』の1日の上映観客数としては最高の人数でした。
しかし一番観てほしかった、中学生、高校生は14名しか来てくれませんでした。
上映会は成功でしたが、若い人への呼びかけの面では失敗に終わりました。
自主上映会、そして映画館での上映では、中学生・高校性に来てほしい想いで
実行委員会、劇場の方と知恵を絞って呼びかけをするのですが結果は...
「いい、映画だったけど、もっと若い人にこそ観てもらいたいたかったね~」
上映会から4ヶ月後、11月、松江の実行委員会はひとつの決断をしました。
黒字約40万円を使って県内の高校での上映のための助成金を
作ることを考案しました。
ひめゆりを上映したいけれど予算がない学校の
上映料金を代わりに払うという仕組みです。
松江実行委員会の皆さんは助成金を受けたことがあったとしても
助成金をつくったことはありませんから
助成金の案内文を一から実行委員会で議論しながら作り上げていきました。
1月になって県内の公立・私立の高校49校に助成金の案内を送付しました。
信用もない、映画の上映実行委員会からの手紙を読んで本当に応募があるのだろうか?
不安が的中して、締切の3月になっても応募がありません。
締切は3月の末
3月30日と3月31日に、続けて応募があったときは、よっぽど嬉しかったのでしょう。
実行委員長のT氏から電話がありました。
4月になり正式に助成をする学校が決まりました。
今朝決まった学校数校に電話をして先生とおはなしをしました。
1校は山の中にある全生徒数50名の小さな学校です。
きっと助成金がなかったら映画『ひめゆり』とは出会っていなかった
学校だと思います。
田舎の小さな学校で映画を上映をすることは経済的に難しく
上映されることがほとんどありません。今回の試みは若い人たちに
どのようにして映画を観る機会を作っていくことができるかという
ある種映画界全体が持っている構造的な問題に対しての一つの
シンプルな答えだと思います。
松江方式の応用で、映画館に若い人に来てもらうために出来ることはないかしら?
山村の小さな集落での映画上映会もできるかもしれないなあ。などと
いろいろな可能性が秘められていると思います。
今日は興奮して寝られないかもしれません。
「いい、映画だったけど、もっと若い人にこそ観てもらいたいたかったね~」
この嘆きが松江に限っては過去のものとなろうとしている訳ですから。
松江上映会7月上映:
http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/07/matsue-hoshiki.html
ちぴぴさん
メールありがとう。
広島の母校の同窓会報に『ひめゆり』の紹介記事を
載せてくださったんですね。
ちぴぴさんのメールに
「孤立しないように、光を見失わないように、
遠くても繋がっていよう」
とありました。
ほんとうにそうありたいものです。
すぐに返事できなかったけど、
ようやく今日、3年来の念願だったフィンランドの本を
印刷所に入稿できました。
僕に光を与えてくれてきたフィンランドのふたりの写真家が、
15年にわたって求めて撮り続けてきた
人と木の物語です。
人間と自然、生と死、過去と未来、戦争と平和、
この本にはその全てが、詩の言葉と幻想的な写真で
つづられていると思います。
きっと、ちぴぴさんの心にも、届く本になると信じています。
そう信じてがんばってきました。
うん、きっと。
エイシアのHPに少し紹介を載せていますので、観てみてください。
http://www.asia-documentary.com/
http://www.asia-documentary.com/finland/index.html
詳しくは、また体力が快復してから報告しますね。
柴田
映画ひめゆり事務局の富士です。
2月14日に川崎市アートセンターで開催した
映画『ひめゆり』に集う会(餅つき大会)に参加された
なつみさんから届いたお手紙をご紹介させていただきます。
---
ずいぶんと返事が遅くなってしまいましたが、
メールありがとうございました。
ブログも感慨深く読ませていただきました。
先日の会は自分にとってとても有意義なものでした。
ほんとにいい時間を過ごさせてもらいました。
ありがとうございます。
ようやく大学も卒業し今は新社会人の準備期間
ということで毎日、通勤ラッシュに揉まれながら東京
で研修の日々です。そんなこんなでつい大学に
足が向かずメールを長いことないがしろにしており
ました。単なる言い訳ですが・・・すみません。
先日の感想としては正直なところ、皆さんのパワー
がすごいなあと感心するばかりであの日は帰り際に
反省しきりだった気がします。みんな重いテーマのも
と集って重いテーマをずっと考える。なのにあそこに
集まった人たちは暗いどころか終始笑顔の人が多か
ったように思います。
ユーモアも忘れずちゃんと楽しみ方を知っているという
か・・・表現することや、人に何か思いや体験を伝える
なんてそうそうできることじゃないと思います。
しかもなるべく多くの人に届くようにだなんて高いハー
ドルまで設けられている。
現段階で自分ができていることはただ考える、調べる
だけ。発信することはどうしてもためらわれるし他人を
納得させられるだけの雄弁さも備えてはいないため、
それは難しいのです。っていうこれまた言い訳です。
本当にいろんな世代の人と接した日でしたが、みんな
その人たちの持ってる力と価値観の中の精いっぱいの
力で「ひめゆり」やそれに連なるもの、それ以外にもたく
さんの何かを頑張っているのかなと思いました。
ご老人からまだ言葉も話せない子供まで見習うべきと
ころをたくさん見せていただいた盛りだくさんなバレンタ
インでした。感無量です。
まだまだ学生気分の抜けきらないふ抜けた22歳です
が「ひめゆり」とその仲間たちに出会えたおかげでい
ろいろなことから脱線せずにこの2年間やってこれた
のかなと思って感謝してます。
ということで、新たな桜と出会いの季節が巡ってきます
が新年度もお互い頑張っていきましょうね。
ではまた。
なつみ
2月14日に川崎市アートセンターの壁に描かれたキャンバスの中の世界の
続きをなつみさん描いてください。私も続きを描いていきます。
映画『ひめゆり』に集う会(餅つき大会)の会場を提供してくださった
川崎市アートセンターでは昨年の上映に
続き7月に映画『ひめゆり』を上映していただけることになりました。
近隣の方は応援よろしくお願いします!
磐梯山がくっきりと目に眩しい、快晴の2月22日
『ひめゆり』の市民上映始まって以来の、高校生による上映会が行われました。
上映会を実現させるって、難しいのでは?
なぜ高校生が出来るの?
どうして『ひめゆり』を上映しようと思ったの?
多くの質問が聞こえてきそうです。
福島県会津若松で行われた上映会の様子を、事務局よりご報告します。
主催者である高校生たちは、Peace Bud Aizu (ピース バッド アイヅ)のメンバー。
Budとはつぼみ、の意味で
「平和のつぼみを会津から」という目標をかかげ活動しています。
現在メンバーは会津地区の高校4校の生徒、9名。
(一つの学校のサークルではないのです)
制服の違う高校生が一緒に動いていました。
きっかけは、「ひめゆり、という映画があるよ」と声をかけてくれた先生。
毎月平和について語り合う学習会を開いたり
自分達の手で講演会を開催してきた皆さん。
3年生が受験で忙しくなり、
1・2年生の二代目メンバーで取り組む最初のイベントに
映画『ひめゆり』の上映を決めたのです。
「戦争体験者が一番伝えたいのは、私たち若者だと思います。
だから、その若者が先立って皆さんに伝えることは
とても重要だと思いました。」
上映申込書にそう書いてきた高校生たち。
昨年10月から準備を進め、
映画のパンフレットをもとに勉強会を重ねてきました。
「自分達と同世代が戦争の犠牲になった。
できるだけ高校生に観てもらいたい。」と、県内の高校を始め
小、中学校を回りポスター掲示のお願いをしてきました。
広報のため新聞社めぐりも行ない
取材を受け、自分達の考えを伝えてきました。
当日は会場準備、受付、パンフレット販売や司会進行
上映後の舞台での高校生によるトークなど
全てを自分達で役割分担して行いました。
![]()
学校の友人や、平和を守る活動をしている
多くの大人たちが支えてくれました。
1日2回の上映に352人の観客が駆けつけ
「高校生、けっこうヤルじゃない!」と、
大人たちを感心させ、希望を感じさせた上映会。
自信につながった上映会の苦労話、
そして本音の声は?・・・ (つづく)
報告 大兼久
こんにちは!映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
映画『ひめゆり』に集う会(2月14日)にライブペインティングで参加してくれた
宮沢かなえさんからお手紙が届きましたので掲載いたします。
![]()
(クリックで拡大)
宮沢さんは当日会場の壁に縦70センチ、横240センチのキャンバスにイベント開始から
イベント終了の間に、会場の想いを即興で絵の具で表現してくださいました。
---
お疲れ様です。
いやはや回復しましたが眠気と疲れが身に染みて、もっと体力づくりせねばなぁ...
とつくづく実感中ですね。笑
さて「映画『ひめゆり』 に集う会」ライブペインティング、させていただき楽しかったです。
色々ありがとうございました。「どうやって描きますか?何を描きますか?」
なんて聞かれて前日までは考えてみたりもしたけど予定通りになんて無理でしたね。笑
「じゃあ始めてください」って、白い画面に対した瞬間...
その瞬間まで「アオイソラ ヒロイウミ」の文字でスタートするなんて
自分でも想ってもみませんでした。
でも、出てきたのがあの言葉でした。そして三線と歌が流れだしたら、
いつのまにか自分のリズムと重なって、音楽や会場のみなさんの想いのようなものと
お話するみたいに色んなことが溢れてきました。描くというより、
会場の力を借りて本当にお話していたんでしょうね。
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一つ一つ描いて消したものは落書きほどでもない絵だったかもしれないけど...
沖縄のこと、ひめゆりのこと、イラクや色々を想い、会場の中にいて、
消えていく(色となって絵に入っていく)その一つ一つが私にはとても大切なものでした。
時間の終わりが絵の完成なんだなと自然に想ったのもライブペインティングが
私とみなさんとのお話の時間だったからかもしれません。
-糸-(ここ と そこ)自分と相手を繋ぐ見えない糸をイメージして描いていましたが
お話したとおり、とても嬉しい事がありました。
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絵が形になってくると、小さな小さな参加者さんたちが色々絵を見て言ってくれて。
「どうしてここに窓があるの?どうしてこんなに窓があるの?」
と絵をみて質問してくれました。「誰かが住んでるかもしれないでしょ?」
と私は答えました。「じゃあどうして扉があるの?」と、またの問い。
私はまた「そこに人が住んでるかもしれないでしょ?」と言いました。
答えにはなってないですね。でもやり取りが嬉しかったです。
その子のリクエストで扉の横に人を描きました。
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当たり前のこと。家が建ち窓があり町がある。そこには'人'がいるかもしれない...
でもそんな当たり前のことへの意識がとっても嬉しかったです。
戦車や戦闘機に乗ってスイッチひとつで爆破する兵士にもその先に見えるものを想像して
見つめて欲しい、テレビの前で見てる人もその町にいる人のことをもっと想像してほしい。
私にはいつもそんな想いがあります。絵の窓などただの絵かもしれないけれど、
窓があれば「それはなぜ?」ってその周囲を感じようとする想像力、
その存在が私には頼もしかったです。
会場で声をかけて称えて下さった方達がいました。「すごいことをされていらっしゃるんだな」
と想っていた方達ばかりでしたので恐縮でした。
表現方法は違えどみなさん求めるものに向かって自分の足で歩いていらっしゃる。
いつかその足音が大きなリズムを生んで大きな流れさえ作ることになったらなと想います。
今回会場には与那覇百子さんがいらしてくださっていたけれど ひめゆりの方々には
私たちのような一人一人の名前や顔など覚えていただかなくてもいい、
でも、ひめゆりのみなさんの蒔いた種がどんな風に芽を出して花になろうとしているのか
どんな花が咲いて香るのか感じていただけたら嬉しいなと想うのでした。
会場でも本当にいろんな花が揺れていましたよね。
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疲れ果てると、「私のしていることが何になるの?」と、自分を信じる力も失い、
結果ばかり求めてやさぐれ気分になることもあります。
直接、今、兵士の引き金にかけた指を、止められるわけでも
傷ついた子を救えるわけでもない。
でも、無駄みたいに心もとないことが、どれだけ大切なことか...
富士さんとも、以前、柴田さんともお話していましたね。
相手のことを考える力、想像力の体力、鍛えるには目には見えない長い道のりで、
空気を積むようにたよりないことのようかもしれないけれど絵でも映画でも音楽でも
話し合いでも、勿論餅つきでも☆ひとつひとつが一歩になるのだと、
ライブペインティングをひとつ積んで、また元気をもらい、今穏やかに想っています。
夢とか希望...一人歩きした言葉だけを安易に使うのはあまり好きじゃありません。
へそ曲がりな大人ですね。(笑)でも今回は富士さんがその素手でゆっくり温めている
「夢」の光に疑いもなく本当に安心して照らされて歩きました。
富士さんもまたひめゆりの皆さんや、柴田さんや、上映に関わるたくさんの人や
御自身の大切な人たちが、大切に抱き育てている夢とか希望の光に照らされて
何かを見ているのだろうと想うし。本当に夢や希望を持っている人のところには
ちゃんとその光があります。だからとっても素敵な景色を見せていただき、
私も少し前にも歩けたんじゃないかなと想って。ありがとうございました。
私は誰に向かってメールを書いているんだろう。いつの間にか富士さんに向けたら
みなさんが見えていて。すみません、それもまたいいですよね
参加者のみなさん、アートセンターのみなさん、エイシアみなさん、柴田さん...
光を灯し続けるひめゆりの気高き乙女たち...皆さんにありがとうございました。
楽しかったです。エネルギーを頂きました。
宮沢かなえ
![]()
完成!
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ここより映画『ひめゆり』事務局富士
宮沢かなえさんありがとう。
キャンバスを夜中までかかって用意してくださった川崎市アートセンターの
スタッフの皆さんありがとうございました。
映画『ひめゆり』に集う会(餅つき大会)が2月14日行われました。
映画にかける想いが、劇場、市民、学校の垣根を越えて初めて語られました。
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士より報告します。

「そ~れ」「よいしょ!」
会場は川崎市アートセンター、『ひめゆり』を昨年上映をしていただいた
映画館です。ガラス張りの近代的な建物の中に映画館や小劇場や
ワークショップなどを開くスペースが集まる複合施設です。公設民営、
つまり市民の手により運営されている劇場です。
3Fコラボレーションスペースは市民の交流の場、そこに集まったのは
『ひめゆり』を今までに上映をしてくださった各地の実行委員会、
大学、学校の皆さん、これから上映をする予定の実行委員会、
上映の応援をしてくれている個人のサポーター、映画評論家、
ひめゆり学徒生存者とその家族などバラエティーに富んだ約70名でした。
遠くはスイス、富山、山形、長岡、神奈川、埼玉、東京から
大勢の参加がありました。

2008年ポレポレ壁プロジェクトの作品が壁に映し出されるなか想いを語りました。

映画評論家の佐藤忠男さんも参加してくださいました。
最後に、製作中のドキュメンタリー『森聞き』のサンプル映像も全国に先駆けて
観ていただきました。
感じることから始めたい
「平和、戦争について語って」と言われたらほとんどの人は身構えてしまいます。
頭で「考える」こともいいけど「感じる」ことも大切。
感じることから何かが生まれるかもしれない。
でも、まずは、皆に友達になってもらえればと会を計画しました。
おいしいものを食べて、飲んで、歌って、三線を聞いて、
絵を見て、餅をついて、お互いの想いに耳を傾けての5時間
映画『ひめゆり』をきかっけに語りあう風景がこっちのテーブル
あっちのテーブルで広がりました。

三線演奏「てぃんさぐぬ花」「花」は太田武二さん

映画からの着想を即興で絵にした宮沢かなえさん
つきたての餅や気持ちのこもった差し入れをみんなで分けていただきました。
分け合ってだべると格別に美味しいし、楽しいですね。
「これこそ平和~!」
支えてくださった皆さんありがとう!!
会場提供、設営、機材に留まらず、アンコや豚汁作りまでお玉やカナヅチを片手に
全面的に協力して一緒に考えてくださった川崎市アートセンターのスタッフの皆さん
もちつきから食べ物関係を取り仕切ってくださったひめゆり上映実行委員会・中野の
皆さん、3月7日中野区 野方地域センター(WIZ)を最高の上映会にしましょう!
ドリンクコーナーで笑顔を振りまいてくださった看板娘のみなさん。
三線演奏をしてくださった、太田武二さん(琉球センターどぅたっち)。
ライブペインティングをしてくださった宮沢かなえさん(絵かき)
差し入れをしてくださった皆さん。ボランティアでお手伝いをしてくださった皆さん。
参加できなかったけど想いを届けてくださった皆さん。
参加された参加者から次々と報告が届いています。
市民映画館をつくる会(長岡)
僕らは旅の途中で何度もジャンプ繰り返し
山形 ぷらっとほーむ
「映画『ひめゆり』に集う会」報告
ここから何が始まるかはまだわかりません。
皆さんと一緒に考えていきたいです。各地の一人ひとりの想いが少しずつ繋がって
いくことを楽しみにしています。
一ヶ月ぶりに書く。
新作の製作で忙しいということもあったが、
胸につかえていて、書きたくても書けないことがあった。
シネマテークたかさきの茂木正男さんが昨年末に急逝したのだ。
茂木さんの舌ガンが再発したことは知っていたが、
その後も会うたびに、抗がん剤を飲みながら、ビールに付き合ってくれていた。
新しい作品のアイデアをアドバイスしてくれたり、
茂木さんが出会ってきた映画人の思い出話に花を咲かせたり、
茂木さんの若き日の沖縄への旅の苦いエピソードを語ってくれたり・・・。
僕たちを励ましつづけてくれる茂木さんに、
ずっと勇気づけられてきた。
高崎映画祭の代表でもあった茂木さんが、
生前22年間の作品選定作業の、最後に選んだのが『ひめゆり』となった。
2月11日、高崎で、茂木さんの「お別れ会」が開かれ、関越道を北へ向かった。
賑やかにお別れをしようという趣旨だったので、僕も大いに飲み、
前橋の古書店のネコちゃんの茂木さん回想話に腹をかかえて笑った。
茂木さんの跡をつぐ若き支配人、志尾睦子さんの
「残党がやっていると思われたくない、茂木から闘い方は教わった」
との決意表明に共感し、救われる思いで、家路に着いた。
茂木さん、あなたは、今もすぐ近くにいるような気がする。
千葉県立佐倉東高校の現役高校生と大学生の卒業生OGによる
朗読「SAKURA/OKINAWA」&『ひめゆり』上映会が1月30日、31日に行われました。
映画ひめゆりを観る会事務局の富士より報告いたします。
映画の上映前に満席の会場でピーンと緊張したムードの中で2日目の朗読が始まりました。
最前列から3列目の1列には80歳前後の64年前の佐倉高等女学校(佐倉高校の前身)
の元生徒が穴が開くくらい真剣に朗読を見つめていました。
太平洋戦争当時高校生だった佐倉高等女学校の卒業生が軍需工場での勤労奉仕や
日常の様子を綴った文集「丹鈴」(ニレイ)を残していました。この文集を後輩の
現役高校生達が先輩たちの前で朗読をしたのです。
朗読劇は場所を沖縄へ移し、岩波ジュニア新書の「ひめゆりの沖縄戦ー少女は
嵐のなかを生きた」(伊波園子著)から、ひめゆり学徒が学徒動員される前の学校の
様子を読み伝えました。
その後で映画『ひめゆり』が上映されたのですが、動員前の様子が朗読により
紹介されていますのでスムーズに動員後の映画の証言を聞くことが出来ました。
この上映会は64年前の先輩達が文集を作っていなければ実現しませんでした。
そして、言いだしっぺは、沖縄修学旅行の事前学習に上映をしないかと映画を紹介を
した日本史の先生でした。結局学校内での上映は実らずあきらめかけていました。
でも、沖縄の修学旅行から帰ってきて、折角沖縄で見聞きしたことが、きちんと
消化できずに素通りになっているのではと、国語の先生は映画ひめゆりを上映しなかったことを
後悔しました。国語の先生は前から企画を温めていた文集「丹鈴」の演劇部による
朗読と一緒にして一般の人も観られる自主上映会という形で上映会を実現しようと
諦めませんでした。日本史と国語の2人の先生で実行委員会を結成、
自分たちでチケットを売って上映会にこぎつけました。
でも、この企画、演劇部員は1人だけしかいませんので、
他の協力者が必要でした。生徒会を中心に有志を募り、話に乗ったのは
高校生とOBの大学生、誰が欠けても成立しなかった上映会でした。
何と言っても、朗読をしている時の高校生の真剣な目が印象的でした。
64年前の過去を探ろうという目線であり、彼らの立ち姿には現在の自分そして未来に、
しっかりと正面を向いていこうという意志を感じました。
朗読した高校生達の掲示板
朗読をした後の感想等生の声があります。
http://isano.f01.jp/yybbs/yybbs.cgi
千葉県立佐倉東高校 演劇部HP
http://engekibu.seesaa.net/
映画「ひめゆり」を佐倉で上映する会
http://homepage.mac.com/isano/himeyuri/
今月31日から2月6日まで、
『ひめゆり』と『大丈夫であるように ─Cocco 終らない旅─』が
映画館の同じスクリーンで上映される。
沖縄・那覇市の桜坂劇場だ。
この桜坂劇場の設立には、
Coccoさんの祖父、真喜志康忠も深く関わっている。
経緯について、支配人の真喜屋さんがブログに書いている。
http://sakurazaka.ti-da.net/e2498662.html
1月31日の午後4時の回には、
ひめゆり学徒生存者の宮城喜久子さん、島袋淑子さんのトークも行われる。
お見逃しなく。
数年前、飛行機の中で読んだ新聞に
アメリカ人の政治学者が印象深いコラムを書いていた。
細かい記述は忘れてしまったが、こんなようなことだったと思う。
「人は(国家は)、他者と戦うと、
相手の悪いところを真似てしまう。
アメリカは、ファシズムとの戦いの中で自らもファシズム化し、
ソ連との冷戦の中で自らの中にテクノクラートをはらんだ」
【人というものは、戦いに勝つために、相手の悪いところを真似る。】
ガザのこと、日本の政治のこと、
今の世相を見ていると、この言葉に説得力を感じてしまう。
でも、待てよ。
こんな言葉もあった。
「怒りをそのまま相手に返すなよ、
それは神様が返してくれるから」
これは、ひめゆり生存者の本村つるさんの言葉だ。
争いない、そのことによって相手の悪いところを学ばない。
これこそ真理であるべきだろう。
人は何を学ぶことができるのか。
いま新たに製作に取り組んでいるドキュメンタリー『森聞き』は
このことと深く関わった作品になるだろう。
あけましておめとうございます。
大切な記憶を次の世代のどのように伝えていくのか。
「森」というテーマでも取り組んでいます。
民映研に在職していたときからのテーマですが、
今年は少しずつ形にしていけそうです。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
久しぶりに訪れた北京。
オリンピックの効果があってだろう、抜けるような青空が広がり、
町じゅうが小奇麗になっていた。
『ひめゆり』の上映が北京で行われた。
“日本の人たちのほんとうの姿を中国の人たちに伝えよう”と
6本の日本のドキュメンタリー作品を選び上映する
「2008 REAL」(日本ドキュメンタリー映画交流会)という映画祭が行われた。
会場となったのは、中央戯劇学院。
中国ではとても有名な演劇・映画学校で、
あのチャン・ツーイーの出身校だ。
3日間にわたる映画祭の最終日、
12月24日クリスマスの夜に、『ひめゆり』は上映された。
500人ほどの中国の若者たちが観に来てくれた。
その多くが、これからドキュメンタリーを作って行きたいという夢を持っていたり、
映画・演劇に興味を持つ若者たちだという。
僕は、『ひめゆり』を北京で上映することについて、ためらいがあった。
招待されたとき、参加すべきか否か、大いに迷った。
というのも、『ひめゆり』は、第二次世界大戦の中の出来事をテーマにしていながら
中国やアジアの人たちのことに一切触れていない。
中国の人たちから、
「なんだ、日本国内の被害の話ではないか、
中国への加害の問題を無視しているのではないか」
という反応があるかもしれないということも考えた。
悩み、多くの人と議論をした上で、参加することを決意した。
上映にあたって、司徒兆敦さんとの対談をさせてもらえるということも
大きな理由のひとつだった。
司徒先生は、北京映画学院の監督科の老教授。
文化大革命の厳しい時代を獄中で過ごし、
その後、「第五世代」と呼ばれる監督たちを育て、世界へと羽ばたかせていった人。
簡単にいうと、チャン・イーモウたちの先生だ。
中国の矛盾にしっかり向き合いながら映画を作る監督たちを育て上げた司徒先生は、
21世紀に入ってからは、中国におけるドキュメンタリー製作を指導する人として、
中国の映像界で知らない人はいない。
僕は、2001年から2002年にかけて、北京映画学院に留学していたことがある。
司徒先生に出会い、多くの教えを受けた。
「中国にはこれまで宣伝映画はあったが、本当のドキュメンタリーはなかった、
これからの中国社会は、ドキュメンタリーが必要だ」
と司徒先生はおっしゃり、中国全土のドキュメンタリー作家たちを北京映画学院に招き、
僕たちと交流させてくれた。
僕は、大学生だった頃はほとんと授業に出たことがなかったが、
この留学期間中、司徒先生の授業にだけは必ず出席し、
お宅にも何度もお邪魔をし、ご馳走になりながら議論をさせていただいた。
あの1年がなかったら、今の僕はなかったと思う。
司徒先生が『ひめゆり』をどのようにとらえるのか、楽しみでもあり、心配でもあった。
以下は、司徒先生からの「ひめゆり」へのメッセージだ。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
柴田昌平先生:
我向你祝贺,拍击了一部让日本人民和世界人民永远不应忘记的历史纪录片《姬百合》。作为一个教纪录片的教员,我深深喜爱这部影片,并为你尊重历史,尊重日本人民的情感而感动。我是经历过那场战争的人,对中日人民来说,我们都以泪洗面,以血洗心的。影片纪录了一个个鲜活生命的消失,她们本应活下去,并且生活幸福,结婚生子,延续生命,但一切都在残酷的战火中消失了。中国人民同样在这场战争中失去了很多。人民,都是希望明天更好的,希望今后不再有战争。我相信这部影片会给中日两国人民带来时代友好和增进世界和平的作用。
司徒兆敦
(僕のおぼろげな中国語能力で翻訳すると・・・・間違っているところもあるかもしれないけど・・・)
柴田昌平さん
日本の人たち、そして世界の人たちが永遠に忘れてはいけない歴史を記録したドキュメンタリー『ひめゆり』を撮り、世に送り出したことに対して、あなたを祝福します。私は、ドキュメンタリーを教える一人の教員として、この作品を心より愛するとともに、あなたが歴史を尊重し、日本の人たちの感情を尊重していることに感動を覚えます。
私はあの戦争を経験した人間です。中国と日本の人民からすれば、私たちはみな涙をもって顔を洗い、血をもって心を洗いました。この映画は、一人ひとりの生き生きとした命が消えていくさまを記録しています。彼女たちは本来は生き延びて、幸福な生活を送り、結婚をして子を産み、生命をつないでいくはずでしたが、いっさい全てが残酷な戦火の中で消えてしまいました。中国の人民も同じようにあの戦争の中で多くの命を失いました。人民、すべての人民はみな、明日はもっとよくなるだろうと希望し、今後は二度と戦争が起こらないことを希望しています。私は、この作品が、中日両国の人々に世代から世代へとつながる友好をもたらし、世界平和を促進する作用があると信じています。
司徒兆敦より
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
「上映会を開こう!」というホームページを開設しました。

映画の上映に興味を持ってくださった方から
「どうやったら上映会を開けるの? はじめてでもうまくいくの?」
「予算はどうやってたてるの?」「チラシはどこで印刷するの?」
「何から始めればいいの?」と尋ねられます。
答える僕は、昨年の8月から『ひめゆり』を観る会事務局に入ったばかりの
上映担当2年生(ただ今勉強中)です。
「上映会を開こう!」は全国のひめゆり上映の先輩の仲間と一緒に
上映をしたいなと思ってくれた人にヒントとなる、アドバイスや具体的な上映の
こつや想いをホームページを通して提供していきます。
今年、上映未経験の人たちによる素晴らしい上映会がいくつか開催されました。
「みんなに伝えたい」という「想い」を持つことに上映のプロもアマの差はないことを実感しました。
地域で必至に想いを伝えようとする、彼らの姿に希望を見つけました。
普通の人達が自主上映という方法で何かを伝えたいと思ったときに
せっかくの「想い」を未経験からくる不安であきらめるのではなく、
開花させていくことを皆さんの知恵をお借りしながら応援していきたいと思います。
まだまだ発展途上のページですが是非参加してください。
どうぞよろしくお願いします。
2008年最後の(常設上映を除く)上映会が近くの公立高校で行われました。
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士より報告いたします。

上映後には大兼久由美プロデューサーと担当のH先生とのトークも行われました。
プロデューサーから生徒達にこんな質問が投げかけられました。
「戦争は遠いですか?」
「戦争は近いですか?」
「戦争はどこにありますか?」
4人の生徒は「戦争は遠い」と答え
1人だけ「戦争は近い」と答えました。
「どうして戦争は近いと思うか」との問いかけに
「いつ戦争になってもおかしくないから」と彼は答えました。
どうして「いつ戦争になっておかしくないから」と思うのかと質問したら
彼はどう答えていたのでしょうか。
この学校では、1年かけて総合学習の時間などを使って
沖縄の自然、暮らし、文化、歴史、基地の現状等を少しずつ学んでいきます。
その一環で映画『ひめゆり』の上映が行われました。
「沖縄修学旅行」(高文研)を2年生になる前の春休みに渡されます。
先生から生徒へ愛情たっぷりの盛りだくさんのプリントも渡されます。
答えるためには「沖縄修学旅行」をどうしても読まないといけない仕組みです。
プリントを配られた時の生徒達のH先生にやられたという悲鳴が聞こえてきそうです。
宿題は確かに大変ですが、ほとんどは文章回答です。
これをきちんと読んで評価してくれる先生がいるのは
やっぱり生徒への愛情だなあと思います。
沖縄の修学旅行は平和学習と自然体験、ショッピングというのが僕の印象だったんです。
暮らしや文化のこともきちんと教えているということが僕にとっては驚きでした。
暮らしや文化という土台があって、そこに沖縄の戦争
基地問題といったものが上に乗っかっているのが
より沖縄の在り方に近いのかなあとただただ、感心しました。
H先生に上映後の感想を尋ねると
「寝ている生徒達もいたけれど
前から見ていると生徒の顔がよく見えたんですけど真剣に観ていましたよ。」
先生の体全体から「やってよかったオーラ」が出ていて、
僕はああここで上映してもらってよかったと嬉しくなりました。
帰り際に思わず言ってしまった。
「先生、今度またお菓子もって遊びに来ます!よろしくお願いします!」
H先生には上映担当勉強中の僕には教えてほしいことが山ほどあります。
長い時間をかけて制作をしてきた番組が放送される。
特集 「茶馬古道~もうひとつのシルクロード」
12月23日 15時15分~(90分間)
NHK総合テレビにて
NHKとKBS(韓国)との国際共同制作のドキュメンタリー。
僕がNHK版のディレクターをつとめた。
年末でお忙しい時と思いますが、お時間のある方はぜひご覧ください。
今宵の早稲田大学の大隈講堂は、沖縄にまなざしを向ける人々であふれていた。
戦後沖縄を代表する戯曲「人類館」 (1978年、知念正真作、岸田戯曲賞受賞)、
沖縄の演劇集団「創造」による30年ぶりの東京上演が、
一夜一幕限りで行われたのだ。
僕は、早稲田大学の琉球・沖縄研究所の勝方=稲福所長のお招きをうけ、
スタッフとともに出かけたが、
定員1123人の座席に観客はおさまりきらず、
大隈講堂は熱気につつまれていた。
「人類館事件」という実際の出来事が、戯曲の出発点となる。
1903年の大阪天王寺で開催された第5回内国勧業博覧会の場外パビリオン「学術人類館」で、
沖縄、アイヌ、朝鮮、台湾高砂族、インド、マレー、ジャワなどの人々が
民族衣装姿で陳列され、問題になったのが「人類館事件」だ。
この場面を出発点に、皇民化教育、方言撲滅運動、沖縄戦、日本軍による住民虐殺や集団自決、
戦後の日本からの切り捨て、祖国復帰運動、戦争後遺症など
沖縄の近現代史の重要なトピックをたくみに取り入れながら、
差別/被差別、加害/被害の問題を扱っていく。
とても優れていると思ったのは、「調教師」という役。
展示品である「琉球の男女」を調教する立場の男が、
芝居の後半、実は沖縄にルーツを持ち、
自らの立場をよくしたいがために
「調教する」(加害する、差別する)側にまわっていることが明らかになる。
芝居は、その発見から急展開していく。
それまで共通語(ヤマトグチ)で語られてきた舞台が、
沖縄の言葉(ウチナーグチ)中心の舞台となる。
加害と被害、差別する側とされる側のまなざしが交錯し、
きしみあいながらクライマックスへ向かっていく。
最後に、「調教師」が死に、
それまで虐げられてきた「琉球の男」が調教師の服に着替え、
差別する側にまわっていく驚き。
沖縄の近現代史のつきつける課題は重い。
明治(琉球処分後)の沖縄の「近代化」は、
「皇民化」という極めて普遍性を欠いた論理を抱えながらでないと
歩めなかったからだ。
国境地帯ともいえる沖縄に、日本政府は「皇民化」を他県以上に強く推し進めようとした。
「皇民化」は、天皇を中心とした「家族」にすべての民族を同化させる政策で、
「正しい日本人」であることを求め、そこから遠い者ほど差別された。
しかし「正しい日本人」であるための尺度や論理に、普遍性はなかった。
だから「被害者(差別される者)」は、つねに、さらなる「被害者」を求めて周縁部を見つめる。
「皇民化」と「近代化」がセットになって歩むことになったパラドックス。
これはひとえに沖縄だけの問題ではない。
明治以降の日本人すべての共有する問題だった。
さらにいえば、「差別される側」がやがて「加害する側」にまわっていく現実は
人類の歴史の多くの場面で起こってきた。
そのことを、「人類館」という芝居は、喜劇というユニークな表現で、僕たちに突きつけていた。
苦しい歴史を経て、1970年代に沖縄の人たちが獲得した「知性」と「感性」の高さ。
その輝きで、この芝居は今宵、いまを生きる僕たちをあらためて照らし出してくれたと思った。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
劇団「創造」による「人類館」の公演は、
いま東京国立近代美術館で行われている
「沖縄・プリズム 1872-2008」展の一環として行われた。
学芸員の方の7年ごしの計画に、
早稲田大学(琉球・沖縄研究所)が呼応して実現したという。
なお、早大の研究所長の勝方=稲福恵子さんは、ひめゆり学徒隊の生存者の姪でもある。
「沖縄・プリズム 1872-2008」展は、今月21日(日)まで。
詳しくは、http://www.momat.go.jp/Honkan/Okinawa_Prismed/index.html
ロクロを使って皿や壺を作ることにかけては右に出る者のない
若い陶工たちが、
生まれて初めて、羊やロバ、鳥な人物などの造形物を
粘土でこねあげて作る。
最初は渋々・・・・、だけど次第に形を作ることが喜びに変わっていく。
生まれてくる形は、実にユニークで、すばらしい・・・。
そんな場面に立ち合わせてもらった。
陶工たちは、アフガニスタンの陶器の産地として有名なイスタリフから来た。
国際交流基金の復興支援の一環で招かれ、
愛媛県砥部焼の白潟八洲彦さんが指導に当たっていた。
「イスタリフは、かつてはシャー(元国王)の避暑地として、そして、
ぶどう畑の茂る観光地として栄えていた。
800人近い商人が集まるバザールが栄え、
地元の陶芸品はそこで売られていた。
だが、1990年代後半にかけて北部同盟とタリバンの戦争の前線となり、
町は完全に破壊された。
その復興のためのひとつの支援として、
日常食器だけでなく、形ある造形を作る技術を伝え、
村に広めてもらいたい」という。
アフガニスタンの造形といえば、
バーミヤンの大仏像をタリバン政権が爆破したことが
記憶に新しい。
偶像を作ったり崇拝することはイスラム教では禁止されている。
でも、「掟」には運用の弾力性があり、
観光のために羊やロバの像を作ることは、
タリバン政権のもとなら許されないが、
今のアフガニスタンでなら歓迎されるだろうという。
僕は、基金から依頼されて撮影に行ったのだが、
陶工たちの手からひねり出されてくる形の大らかさに驚いた。
そして若い陶工たちの顔が喜びに生き生きと輝くことに
心を打たれた。
感動しながらも、頭の片隅では、
「イスラム教の人にこういうことを教えて大丈夫なのだろうか」
と心配しながらカメラをまわしていたのだが、
若い陶工、ヌール・アフマドさん、アブドゥル・マティンさんの2人は
「もっともっと作ってみたい、
アフガニスタンの土の性質ではすぐに真似するのは難しいが、
帰国したら村人たちと粘土についても工夫をしていきたい」
という。
形をつくる喜び、それは人間の本性に根ざすものなのだと感じた。
宗教が偶像を作ることを禁止しようが、
彼らの身体のなかには、バーミヤンの仏像を作ったあの遺伝子が
脈々と息づいているのだ。
この支援、アフガニスタンの人々に広く受け入れられ、
未来に根付いて行ってもらいたいと願う。
そこまで至れば、日本とアジア、シルクロードの交流史のなかで
画期的なできごととなるだろう。
多難だろうけれど、形をつくりあげるあの喜びの顔を、
アフガニスタンでもっともっと見てみたい。
Coccoを是枝裕和監督が見つめた
ドキュメンタリー映画『大丈夫であるように Cocco終わらない旅』が
今週末からいよいよ公開だ。
僕は8月、できあがったばかりの映画を見せていただいた。
『大丈夫であるように』をきちんと語れる言葉が見つからない。
試写室で観たとき、僕はふるえた。
腹の奥底からふるえがきた。
その波動は今も僕を揺らしている。
「願う」ということの力を感じずにはいられない。
多くの人に観てもらいたいと願っている。
Coccoファンだけでなく、年配の人も、ファンじゃない人も。
僕も子供たちを連れて、また劇場へ足を運ぶ。
「大丈夫であるように」公式サイトはこちら→ http://www.dai-job.jp/
山口県防府で上映会を開いたYukoさんから手紙が届いた。
(これまでの詳しいいきさつは、前回、前々回のブログを参照してください)
無事11月29日(土)、山口県防府市での上映会を終えることができました。
何もないところからスタートし、会場選びからつまづきました。
日程は? 時間は? どうやってPRしていけば?
チラシってどうやって作るの? チケットは?・・・・
何もかも手探りでした。
今思えば、もっともっと富士さんに頼れば良かったのかな、とも思います。
でも、顔も見えず、東京という遠い所へあつかましく頼るのも
気が引けたのが正直なところです。
そんな中でもお電話やメールを下さったり、
松江の高嶋さん、広島のちぴぴさんのアドバイスもあり、
少しずつ風向きが変わってきました。
焦りながらも(そうは思われていませんでしたが)、
見えないところで大きな力が動いているように思いました。
そして上映を終えて今思うこと・・・。
『ひめゆり』の力は本当に偉大だということです。
人として生かされている感動をこんなに味わったことは
今までにありません。
人と人は繋がっているんだなぁと思いました。
上映会を終えた日、不思議と涙は出ませんでした。
翌日は仕事であまり考える余裕はありませんでした。
でも、今この手紙を書きながら、
涙が止まらなくなってしまいました。
私のことを何の疑いもなく信じてくれたメンバー、
遠くから駆けつけてくれた友人、
『ひめゆり』を通じて出会った奇跡のような縁。
集客はありませんでしたが、そんなことよりももっと大切な財産を
『ひめゆり』から頂きました。
上映の機会を与えて下さり、本当にありがとうございます。
私たちは懲りずに来年8月の上映を考えています。
富士さんが「行きのバスで“まだやらないといけないことがあるな”と思った」
とおっしゃってました。
何でそう思ったかは分からないけど、と・・・。
私も今、そう思っています。
何をやらないといけないのか、はっきりとは分かりませんが、
まだ見えない『ひめゆり』の可能性なのではないでしょうか。
監督のメッセージにもあった「戦争は足音を立ててやって来るものではなく
知らない間に巻き込まれている」。
ブログにも同じようなことを書いていらっしゃいましたね。
今の政治に私たちは十分巻き込まれています。
武器があるかないかだけの違いですよね。
単に反戦を訴えるだけではもう遅いと思います。
『ひめゆり』のような心を伝え、少しでも今の流れをくい止める
ことができたら・・・。
多くの人がそう思える世の中になれば、違うはずです。
『ひめゆり』は本当に希望の映画です!
色々とお世話になりました。
今後ともよろしくお願いいたします。
会の成長を見守って頂けたらと思います。
前にも書いたが、Yukoさんにとっては、上映会は初めて。
イベントを開催することすら初めて。
でも今回、映画の上映を通して、多くの人と関わってみようとした。
初めてYukoさんに会ったとき(広島で)
「防府は若い人がけっこう元気な町なんです」
とYukoさんは言っていた。
町のエネルギー、友人たちの励ましに背中を押されて
Yukoさんは飛び込んでみた。
ほんとうにおつかれさまでした。
いま富士さんが、まったく初めての人のための
「上映会開催のための手引き」を
Yukoさんたちの経験(成功したところも失敗したところも含めて)
作ろうとしている。
ちなみに、富士さん自身が昨年6月までは
映画の上映とはまったく縁のない人生だった。
たまたまパートナーに映画館(ポレポレ東中野)に連れて来られて、
渋々見たのが『ひめゆり』で、
気づいたら、上映スタッフの募集に応募していたという。
というわけで、僕も含めて、富士さんも、大兼久も、
Yukoさんと同じく、つい最近まではまったくの素人だった。
皆さま、今後とも、この上映活動を暖かく見守っていてください。
監督ブログに、スタッフも書き込めるようにした。
「ひめゆり」の上映会はおかげさまで各地でつづいている。
上映をしてくださる皆さんと事務局との交流のなかで
教えられること、発見したことがたくさんある。
多くの人に伝えた方がいいなと思う情報や思いを、
僕にかわって、上映担当の富士さんや、プロデューサーの大兼久に
書いてもらおうと思っている。
監督ブログに他のスタッフも書き込みができるようになりました。
上映スタッフ(上映会の受付やサポート担当)富士より報告致します。
11月29日山口県の防府で市民上映が行われました。
Yukoさんが実行委員長、普段はごくごく普通の子供服を売る定員さん
(でもちょっとおしゃれ)な方です。
映画ひめゆり上映のきっかけをYukoさんにたずねると
「沖縄が好きで沖縄のことを調べている時に映画ひめゆりを知りました。
隣の県の広島の横川シネマでひめゆりを観にいって、いいなと思いました。
ひめゆりを観た後に沖縄を訪ねて壕に入って初めて「怖い」と実感しました。
それから山口へ帰ってすぐ、また広島でひめゆりが上映されることを知り
「自分が生まれ育った防府で上映をしたい」と思いました。」
Yukoさんは同報メールで仲間を呼びかけました。
「Yukoがやるんだったら」と迷わず参加
集まったのは女性6人と男性1人の実行委員。前に勤めていたデパートの仲間達です。
みんなほんわかしているのですが姿勢が抜群によくて
おしゃれは隙がありません。皆さん20代から30代!!。
普段の上映実行委員会は、市民運動経験者や組織が人を出し合って
組織力を駆使して開催する場合が多いです。
組織がないところでの広報活動、チケット販売は大変だったと思いますが、
次々にかけがえのない出会いや応援してくれる人たちが現われました。
上映会のロビーはその出会いを再確認する同窓会のような雰囲気でした。
しかし、チケット販売、広報や会場設営などノウハウがないので集客で苦戦しました。
第2、第3の防府型上映会が生まれていくように事務局として何が出来るか
サポートのありかたを防府の方や他の上映会の方たちに相談に
のっていただきながら練っていきたいと思います。
個人が上映会をやろうと思っても
チケットちゃんと売れるのか、赤字にならないか
と躊躇して上映会開催まで至らないのがほとんどだと思います。
事務局で親切なマニュアルを作るのは最低限必要です。
でも一緒に上映会をしてくれる仲間を見つけることが上映会への
第一歩そして一番の秘訣なのかもしれないとあたりまえのことを実感した上映会でした。

最後になぜか扇型でポーズをとってスクリーンを背に記念撮影
「普通の上映会は実行委員は40代以上が中心なのでこんな撮影をしたら
骨折者が出てしまう...」と内心失礼なことを思いながら私も撮影に参加。
きょう山口県防府市で開かれた上映会は、
ふだん子供服の店で店員をしているYukoさんが
うまれて初めて上映会を開いてみようとトライしたものだった。
Yukoさんは、今年6月、広島横川シネマの初日に
友人たちと観に来てくれた。
物静かではにかみやでチャーミングな女性だった。
地元の防府で上映会をやってみたいと言うので
僕はとてもびっくり。
だって、イベントを仕切るような雰囲気がまったくなかったから。
悩んで会場をキャンセルしたり、日時を変えたりしながらも、
Yukoさんは、ついにきょう上映会の本番にこぎつけた。
『ひめゆり』にとっては初めての山口県での上映会だったので
上映担当の富士さんに応援に行ってもらった。
以下は、富士さんからの報告。
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
柴田さん
防府上映会無事に終わりました。懇親会に参加して今バスに乗りました。
Yukoさんは数は残念そうではありましたが
それ以上の手応えを確実につかんだようです。
8月位にリベンジでもう一回やりたいと言っています。
有難いことです。赤字になってもまたやりたいと思っていただけるなんて。
上映会で映画を観ていただくための必死のプロセスの中で
普段出会う機会のない人達が繋がっていくのが自主上映会の良さですね。
Yukoさんは自分で上映会をやった実感はないそうです。
みんながやってくれたそうです。
全く上映会の経験のないYukoさんもすごいけど
それをサポートした仲間もすごいなあと思います。
来てくれていた年輩の方は映画も良かったけど
若い方がやっていることに感動したと言っていました。
反省点は会場を暗くしていたので
暗くて階段でつまずいたお年寄りがいたことです。
トイレに行く人、途中で帰る人はいるので、
誘導用の懐中電灯が必要ですね。
暗くしてということはこちらがお願いしたことなので
マニュアル等で情報提供したらよいと思います。
広報のノウハウやチケットの売り方など
上映会慣れしていない団体にはサポート体制強化が課題です。
ラジオとテレビと雑誌は度々取り上げていただいていましたが
新聞は結局ほとんど掲載されなかったようです。
文化担当など適切な部署に届いていなかったのかもしれません。
以上報告 富士
~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
初めて上映会を開いたという若者が、今年4人あらわれてくれた。
今回のYukoさんと、福島県で農業をしている稲嶺さん。
山形でフリースペースを運営している松井さん、
そして岐阜県飛騨高山の石原さん。
その他、シネマテーク高崎の志尾さん、長岡の菅野さん、
愛媛の珍獣グループなど、
この映画を支えてくれてくれている若者たちの存在に
僕らは多いに励まされている。
山口・防府の上映会については、
富士さんに改めて、きちんと報告をしてもらいながら、
経験のない人がどうすれば上映会をうまく開くことができるか
模索してきいたいと思う。
日曜日のきょう、
神奈川県から2人の若い女性がやってきた。
OLの小林幸枝さんと、K市役所勤務のSumiyoさん。
これから、幸枝さんの沖縄での体験・取材をもとに、
本を作ろうという打ち合せだった。
幸枝さんは、今から7年前、
「ヘソ出しのジーパン」という観光客として沖縄を旅した。
そのとき、ひめゆり資料館と出会った。
以後、OL生活のかたわら、沖縄へ何度も旅をして、
白梅隊、でいご隊など、ひめゆり以外の女子学徒隊の生存者の人たちと
交流を積み重ねてきた。
彼女が出会った元女子学徒の数は、数え切れないほどだ。
幸枝さんは、文書を書くのは苦手だ。
取材・調査の訓練を受けたこともない。
だから、これまで幸枝さんは、ただひたすら「千羽鶴」を折ることで
自分自身の思いと祈りを表現してきた。
幸枝さんの折った千羽鶴の数は、およそ10万羽・・・。
でも、幸枝さんしか知らない元女子学徒の人たちの様子を
何か記録に残せないだろうかと僕なりにずっと考えてきた。
文章の苦手な幸枝さんだが、話しはとても魅力的。
独特の生き生きとした語り口を持っている。
幸枝さんの話を誰かがきちんと聞き取りをし、
それを文章に起こして行こうと思い至った。
「でも、私のまわりで、沖縄戦の話を
よろこんで聞いてくれるような人は誰もいない・・・」
という幸枝さん。
そこで登場してくれたのが、「看板娘」の一人、Sumiyoさんだった。
K市職員のSumiyoさんなら、じっくりと話を聞いてくれるし、
それを整理・編集していく力もある。
きょうはその打合せ。
どんなことに注意をして「聞き取り」をすればよいのか、話せばよいのかについて
僕なりに方法をレクチャーした。
さあ、これから若い2人がどんなふうに生き生きとした世界を
語り、聞き出して文章に紡いで行ってくれるか。
とても楽しみだ。
ひめゆり資料館では、アニメ製作をするために原画作者を公募していた。
多数の中から選ばれた若者、海津研さんのブログは、
とても読み応えがある。
深い考察力に裏づけられた文章は、とても魅力的だ。
先日、海津さんが「コペル君とミモリさん」という題で書いていた。
http://blog.livedoor.jp/kaizuken1/archives/50760062.html
コペル君というのは、ある本の登場人物。
1937年(昭和12年)に出版された「君たちはどう生きるか」という少年向けに書かれた本だ。
宮崎駿さんも大きな影響を受けた書物という。
コペル君というあだ名のついた東京の中学生の成長を通して
世界をどう認識していくのかを考察していく。
「コペル君」とは「コペルニクス」の意。
僕もさっそく本屋で買ってきた。
第二次世界大戦勃発直前の時代に書かれたとは思えないほど自由で
いま読んでも新しい。
戦前という時代は、僕たちが想像するような特殊な時代ではなかった。
とくに子供たちにとっては、のびやかで未来への希望にあふれていた。
沖縄のひめゆり学園が昭和10年に出した学校創立25周年の記念誌も、
実におおらかで豊かな好奇心・探究心にあふれたも内容だった。
それが、ひめゆりの戦前の同窓会誌を読んでいくと、
昭和15年から20年にかけて、一気に大きな変化に飲み込まれて行く。
日常の延長に戦争がある、
その危うさは、田母神元空幕長の言動に象徴されるように
いまの日本社会にも潜在している。
危うさはどこから来るのか。
アニメは、これから本格的に製作に取りかかっていく。
この連休は、ほんとうに久しぶりの休日となった。
こんなに静かに過ごしたのって、何ヶ月ぶりだろう。
ひめゆりのアニメ製作関係のスケジュール立てに数時間をかけ、
4日からの九州ロケの準備をしたほかは、
家でごろごろしながら、ゆっくり本を読んだりしている。
そうそう、ひめゆり平和祈念資料館のアニメ原画作者の公募だが、
こうした公募としては稀に見るぐらい、良い作品が集まった。
その中から、二人の若者を、原画作者として選ばせていただいた。
詳しくは、
http://www.himeyuri.info/animation/boshu.html
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