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2006年10月 アーカイブ

2006年10月 8日

はじめに

1994年、戦後50年を迎えようとしている時期、人づてに「ひめゆりの人たちが体験をきちんと記録してもらいたがっている」という話を聞きました。「なぜ?」私には意外でした。というのも、ひめゆりについての映画やテレビ番組はそれまで何度も制作されていたので、今さらなぜなのだろう、と素朴に思ったのでした。

「ひめゆり」という言葉は、私たちや上の世代の人にとっては必ずどこかで耳にしたことがある名前です。繰り返し映画やテレビ、舞台で取り上げられ、「沖縄戦における悲劇の従軍看護婦たち」というイメージが定着しています。(実はちょっと正確ではないのですが・・・) 聖なる人々、殉国美談、反戦の語り部・・・さまざまな概念が「ひめゆり」には付着していて、私自身には重すぎるとそれまで避けて通っていたテーマでした。また、知った気にもなっていました。
しかし実際にお会いしてみると、私がわかったつもりになっていたのは余りに表面的なことにすぎないということに足が震えました。
何よりも、生存者お一人お一人が実に個性的だということに驚きました。テレビの映像で時おり観るときに感じていた“決まり文句のように悲劇の体験を伝える語り部の人々”というイメージが崩れました。

「まもなく私たちは70歳になります。いつまで生きていられるか分かりません。私たちの体験をきちんとした形で映像で記録できないでしょうか。遺言として残したいのです」
生存者の方々の中の“学級委員長”ともいうべき本村つるさんから言われました。
ひめゆり学徒たちの思いと体験は、マスコミなど伝える側の思いが強すぎ却ってきちんと耳を傾けてもらえなかったり、断片として切り取られ伝えられることが多かったのです。

沖縄出身の女房の親戚の家に泊まりこんで、彼女たちの証言にじっくりと耳を傾ける日々が始まりました。
恥ずかしながら、私自身がひめゆりについて知っているつもりではあっても実際は知らなかったので、まるで幼子が親に尋ねるように、徹底して話をうかがいました。カメラマンの澤幡正範さんが優しい目線でずっとカメラを回しつづけてくれます。録音の吉野奈保子さんからは「柴田は只々聞くばかりで突っ込みが足りないのではないか」と批判されましたが、私はひたすら受容体となりきろう、皆さんが話したいことを話し終えるまではじっと耳をすまそうと思いました。
そうしたプロセスを経て、1994年に「平和への祈り」という25分の小さな作品をまとめました。これはひめゆり平和祈念資料館で観ることができます。ひめゆりの生存者の方々はとても喜んでくださいましたが、私はまだ伝えきれていないものがあると感じていました。

その後も折に触れて、体験の記録をしてきました。戦時中のことだけでなく、戦後の歩みや思い、そして戦前の日々・・・。むしろドラマチックなのは、戦後のお一人お一人の歩みであったり、戦前いかに「普通の少女」たちが「軍国少女」として変貌していくかだったりでした。
13年間にわたって記録した証言は、23人、約100時間分になります。
そのうち3人の方が他界され、2人は病気で自由に外出できなくなりました。

ひめゆり学徒の生存者の皆さんは今、80歳前後となりました。彼女たちの眼の黒いうちにしっかりとした映画として世に出したいという思いで、この作品を皆さんに問うことにいたしました。語られている内容は過去ですが、語っている切実さは「今」にそのままつながっています。

過酷な記憶を掘り起こし、自らの言葉にするまで、彼女たちには数十年の月日が必要でした。
戦争体験から受ける印象は悲惨です。しかし、ひめゆりの生存者からはしっかりと生きている強さを感じます。それは彼女たちの根っからの明るさ、やさしさ、そして生命への信頼感があるからです。
この映画は、今を生きている私たちに多くの示唆と希望を与えるものと信じます。


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2006年10月11日

フィンランドから戻りました

ブログを始めて2日目にして、いきなり場違いのことを書くようですが・・・・。

10月2日にフィンランドでの長期ロケから戻りました。
来年夏に放送予定のNHKスペシャル「世界里山紀行・フィンランド・森と共に生きる」の取材・撮影に行っていました。
実は、今年は春以降、100日程をフィンランドで過ごしています。

帰ってきたばかりゆえホットに感じているだけかもしれませんが、自分の中ではひとつの発見がありました。

人間と自然との関わりを見つめることは、私のライフワークのひとつです。
人は自然界の頂点にいるのではなく、自然の中の一部なのだ、そういう思想を背景に持続可能な生き方を世界に探ろうというシリーズ「世界の里山」は、NHKの担当プロデューサーとの間で5年ごしで育んできた企画です。

フィンランドは、ご存知、ムーミンの国。
フィンランドのフィン族は、漢の時代に中国を脅かした匈奴と関係するといわれ、アジアの西の端の人だと私自身は位置づけています。そこには、アイヌのイヨマンテに通じる儀礼が残り、深い森への信仰が息づいています。
私たちは、キリスト教が入る前の北欧の自然観、人と自然との関係を掘り起こし、撮影を続けています。

13年にわたって惹きこまれている「ひめゆり」のことと、私の代表作と言われている「風の橋」「杉の海に甦る巨大楼閣」のような、ずっと興味をもってきた人間と自然とのこと、これら二つのテーマがどうつながっているのか、これまでは自分の中で分からないできました。

今年、「ひめゆり」と「フィンランド」を同時に進める中で考えたのですが、どちらのテーマも共通するのは「目に見えない存在を大切にしながら命を育み、未来へとつなごうとしている」ということ。

ひめゆりの生存者の方々の心の中には、いつも戦場で亡くなった16歳の学友たちがいます。彼女たちのまわりには、いつも目に見えない16歳の少女たちが一緒にいます。

一方で、森の民であるフィンランドの人々のまわりにも、いつも目に見えない様々なスピリットたちが暮らしています。人々はスピリットたちと会話をし、折り合いをつけながら、豊かな自然を享受しています。

「目に見えないものを大切にする感性」が、平和に通じているのではないか・・・。

強引で言葉足らずですが、いま少しずつ、自らの中で分裂していた二つのテーマをつなぐ糸口が見えてきたような気がしています。


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2006年10月16日

ポレポレ東中野 と 沖縄・桜坂劇場

朗報!

2007年4月か5月に、東京のミニシアター、ポレポレ東中野での上映が決まった。

ポレポレ東中野は、良質のドキュメンタリーを上映の柱に置いている、全国でも稀有な劇場だ。

「ナミイと唄えば」「HARUKO」「タイマグラばあちゃん」「プージェー」「三池-終わらない炭鉱の物語」「スティーヴィー」…。

ここは時間を見つけては足を運んできた場所で、私自身はこの劇場で上映される作品から大きな力を貰ってきた。

だから、私はこの映画を、何よりもポレポレ東中野で上映してもらえたらと願っていた。

支配人の大槻貴宏さんは言った。

「これまで、ひめゆりや沖縄戦を扱った作品は多々あったが、この作品は群を抜いて力強い。観に来てくれた人が絶対に満足してくれることは間違いない。」



また、同じく来春、沖縄の那覇中心部にある桜坂劇場での上映も決まった。

プログラムディレクターの真喜屋力さんは「この作品はぜひ沖縄で上映したいし、上映すべき映画だ」と励まして下さっている。



課題は、どのようにして多くの方々に劇場まで足を運んでいただけるか。

映像は、観ていただいて初めて「映画」となる。フィルムという物質を魂へと変えていくのはお客様なのだ。

でも私たちには、宣伝のノウハウも組織力もない。

私たちにとって新たな挑戦だ。



※なお、現在、ポレポレ東中野で「六ヶ所村ラプソディー」という力作を上映している。「六ヶ所村ラプソディー」は、「ひめゆり」のプロデューサーの一人、小泉修吉の製作作品だ。暮らしの根っこにある電気、それを生み出す核の問題を、足元から問い直す素晴らしい作品、ぜひ足を運んでください。


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2006年10月17日

明日から雲南へ

明日から中国・雲南省に行きます。可愛い弟たちが撮影現場で迷い、もがき、努力し、懸命になっています。少しでもヘルプになればと・・・。11月4日帰国の予定。それまでこの日記もお休みです。

2006年10月26日

雲南にて フクロウと風

今年はなぜかフクロウとの縁が深い。
フィンランドで、夏至の前の二十日二十夜ほど、
フクロウの棲む白樺の大木の前で過ごした。
今回、雲南の、ミャンマー国境に近い村に着いた日に、
また不思議なフクロウの巣を発見。
来年放送予定のNHKスペシャル「世界里山紀行・雲南編」の
エイシアの撮影班は以後ずっとフクロウと向きあっている。

フクロウは鳥類ではあるが
ふたつの目が円盤状の顔の左右に並び
人間の顔と似ている。
ヒトの赤子にも見え、老婆にも見える。
今回のフクロウは
ディレクターの張克明君にそっくりの童顔だ。

人間そっくりでありながら、
頭がアンバランスに大きいフクロウ。
ある文化ではフクロウは不気味・不吉な存在として嫌われ
ある文化では知恵者として大切にされる。

この雲南の村では、村人はフクロウを神だと崇め
けっして傷つけない。
だからフクロウは畑の真ん中に堂々と巣を営み
人を恐れない。
よほど至近距離に近づかないかぎり、
そばで人が畑仕事をしていても
フクロウの母親は平然と巣で子育てをしている。
しかし撮影スタッフの一人、鐘君の故郷四川では
フクロウは恐れられ、ここ二十年ほどで
ほとんど絶滅してしまったという。

一つの生きものをめぐって
何故かくも人々の対応は違ってくるのだろう。

夜の帳がおりても天地を駆け巡ることのできる鳥。
人間と似ていながら、人間にない力を持つ鳥。
人間の眼では見えない世界を平然と滑空する鳥。
羽音を立てることなくどんな小さな風にも乗れる飛行の王者。
その力に対する畏敬が
ときに転じて恐怖となり
絶滅させてしまう。

闇を嫌う文化、
理解できないものを嫌う文化、
わかりにくいものを排除する文化、
人間は生きもののヒエラルキーの頂点にいるとする文化、
1+1=2であるとして1+1=1を認めない文化、
いま私たちが取り組んでいるのは
そうした文化に対するアンチテーゼだ。

目に見える世界の向こうに広がる無限の空間。
そこに息づくものたちの声を聞きたい。
矮小化された亡霊や妖怪としてではなく
命輝いた存在として。
フクロウのように静かに風に乗って
向こう側の世界を旅してみたい。

「ひめゆり」ではたくさんの死が語られる。
でも、たくさんの輝きも語られる。
戦争の悲惨さを伝えるだけの映画ではない。
過酷な“現実”を体験した者たちが
語ることを通して
強く眩しい命を紡ぎ出す映画である。
言葉にできなかった心の闇に
彼女たちが勇気をもって光を当て
少しずつ舞い降りて行った。
その果てに見つけた、言葉のかけら。

彼女たちの祈りを、
ある人が「ひめゆりの風」と表現してくれた。
ありがとう。
その言葉をつぶやいたあなた自身が風のようだ。
あなたが歌う風の声にのって
みなが静かに羽ばたくことを祈っています。


2006年10月31日

傷を負いながらも生きる希望

予定より一週間早く、雲南から戻った。

日本を離れていた間に、、
沖縄の友人が小さな上映の場を作ってくれていた。
精神科医の稲田隆司さんが、自らのクリニック開業10周年の記念事業として
「ひめゆり」を患者さんたちに向けて上映してくれた。


以下は、稲田さんが寄せてくれた文章(抜粋)だ。

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 かいクリニック10周年記念事業としてドキュメンタリー映画「ひめゆり」を上映する運びとなりました。
 なぜ『ひめゆり』なのかという問いがあろうかと存じます。
1つには、友人の柴田昌平監督の力作というのもありますがなによりも、ひめゆりの関係者の方々の語りにカウンセリングに通低する希望をみたということが挙げられます。
 大きな傷を負いながらも生きていくという希望です。痛手の記憶は消失するかにみえつつも繰り返し現れ、その刺激に反応するが如く心は閉ざされかつ過敏さや、憂うつ、焦燥などさまざまな様相を示します。
 クリニックには日々痛みを抱えた患者さんが訪れます。痛みに圧倒され立ちすくみながらしかし時を経て再び歩み出す過程に出会う度に、人間の持つ自然治癒の力を感じます。カウンセリングでの語りは、痛みに対し自らを再び作り出す回復への力ともいえるでしょう。
 私はそのような力を映画「ひめゆり」に感じています。傷つき圧倒された状況から運動し語り続ける中で回復し、人間の尊厳を問い続けています。
 ひめゆりの方々の運動はさまざまな分野に挑戦する当事者に大きな希望を与えられるものと信じます。
        かいクリニック院長 稲田隆司
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稲田さんは、ひめゆりの方々のありようを人間の尊厳の回復への歩みとして普遍化してくださった。

ひめゆり学徒の生存者の中には、いまだ一切の証言ができないほど深い心の傷を抱えたままの方もいるし、この映画の撮影を機につらい現場におもむいた方もいる。
映画に記録できたのは、闇と化した大地からようやく芽吹いた小さな木の葉であり、花である。
その花に私たちは希望を与えられ、その花の根元の大地に埋もれた暗黒にも思いを馳せる。

いつか、私と稲田さんとの出会いのきっかけとなった、沖縄戦に起因する1960年代の衝撃的な事件と、そこから生まれた歌「ハイサイおじさん」や「花」(喜納昌吉)について、述べてみたい。


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