予定より一週間早く、雲南から戻った。
日本を離れていた間に、、
沖縄の友人が小さな上映の場を作ってくれていた。
精神科医の稲田隆司さんが、自らのクリニック開業10周年の記念事業として
「ひめゆり」を患者さんたちに向けて上映してくれた。
以下は、稲田さんが寄せてくれた文章(抜粋)だ。
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かいクリニック10周年記念事業としてドキュメンタリー映画「ひめゆり」を上映する運びとなりました。
なぜ『ひめゆり』なのかという問いがあろうかと存じます。
1つには、友人の柴田昌平監督の力作というのもありますがなによりも、ひめゆりの関係者の方々の語りにカウンセリングに通低する希望をみたということが挙げられます。
大きな傷を負いながらも生きていくという希望です。痛手の記憶は消失するかにみえつつも繰り返し現れ、その刺激に反応するが如く心は閉ざされかつ過敏さや、憂うつ、焦燥などさまざまな様相を示します。
クリニックには日々痛みを抱えた患者さんが訪れます。痛みに圧倒され立ちすくみながらしかし時を経て再び歩み出す過程に出会う度に、人間の持つ自然治癒の力を感じます。カウンセリングでの語りは、痛みに対し自らを再び作り出す回復への力ともいえるでしょう。
私はそのような力を映画「ひめゆり」に感じています。傷つき圧倒された状況から運動し語り続ける中で回復し、人間の尊厳を問い続けています。
ひめゆりの方々の運動はさまざまな分野に挑戦する当事者に大きな希望を与えられるものと信じます。
かいクリニック院長 稲田隆司
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稲田さんは、ひめゆりの方々のありようを人間の尊厳の回復への歩みとして普遍化してくださった。
ひめゆり学徒の生存者の中には、いまだ一切の証言ができないほど深い心の傷を抱えたままの方もいるし、この映画の撮影を機につらい現場におもむいた方もいる。
映画に記録できたのは、闇と化した大地からようやく芽吹いた小さな木の葉であり、花である。
その花に私たちは希望を与えられ、その花の根元の大地に埋もれた暗黒にも思いを馳せる。
いつか、私と稲田さんとの出会いのきっかけとなった、沖縄戦に起因する1960年代の衝撃的な事件と、そこから生まれた歌「ハイサイおじさん」や「花」(喜納昌吉)について、述べてみたい。
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