さきほど、映画評論家の村山匡一郎さんから
この映画についてのコメントが届いた。
村山さんは、内外の映画祭等で審査員やコーディネーターを務められ、
世界の映画人から厚い信望を得ている方だ。
11月27日の試写会に来てくださった。
そして、きょう、映画「ひめゆり」のチラシ掲載のために、
次のようなコメントを送って下さった。
『ひめゆり』は、沖縄戦で犠牲になった
「ひめゆり学徒隊」の生存者による証言が中心だ。
今はのどかな表情を見せる昔の戦場を前にして
紡がれる彼女たちの言葉は、
たんなる歴史の解説と違って、
見る者の想像力を強く刺激し、
残酷で哀しい悲劇的出来事を再び蘇らせる。
それらの緻密な証言を通して、
刻一刻と追い詰められていく彼女たちの
過酷な運命が見事に浮かび上がってくる
稀有なドキュメンタリー映画である。
とても嬉しいコメントだった。
正直言って、この映画は、
いわゆる普通のテレビのドキュメンタリーのように
日常生活に入り込んで行ったりしていない。
テレビのドキュメンタリーを見慣れている人には
「何、これ?」と思う人もいるはずだ。
「これが映画?」と・・・。
ある若いテレビ・ディレクターが数年前
ひめゆりの生存者を番組化しようとしたことがある。
彼は、撮影にあたって、
おばちゃんたちが家から足を引きずって歩いていく瞬間とか、
病気で入院している生存者を撮ろう努力した。
「今は年老いてしまった」ということを強調しようとしたのだ。
でも、おばちゃんたちは、嫌がった。
彼は善意で撮っていた。
「ひめゆり学徒も年老いた。
次の世代へ何らかのことを託さないとならない。
テレビを観ている人よ、
この人たち、かわいそうでしょう。
ぜひ共感してあげてほしい」
という気持ちだったのだろう。
でも、ひめゆりのおばちゃんたちは鋭い。
「利用され、誇張されたイメージを作られる」と察し、
この取材を嫌がった。
ひめゆりのおばちゃんたちは、
戦前は軍に利用され、
戦後は映画界に利用されて、
気づいたらすっかり虚像が出来上がってしまった、
そのことの痛みを抱えている。
だから、取材をする相手にはとてもシビアな目線を注ぐ。
テレビ番組を作っていると、
ついつい、自分が一段高い位置にいると勘違いし、
啓蒙的なモノの言い方になりがちだ。
「教えてあげる」というスタンスだ。
そして、自分の言いたいことを先に決めて
強調するカットを撮っていくことが多い。
短い取材期間で、ある種の「感動メッセージ」を伝えようとすると
そういう口調になってしまいがちなのはよく分かる。
僕も気をつけていないと、そうなりがちだ。
感情や雰囲気を映像で演出するのは簡単だ。
たとえば、
「おばぁが、ある薄暗い家の中にいて、逆光のシルエットで話している」
そんなシチュエーションを作って撮影してしまえば、
「人生の闇を抱えている」というイメージがすぐ出来てしまう。
また、たとえば、
「おばちゃんたちがゆっくりと歩いていく、
カメラは低いアングルからじっと追う」
という撮り方をすれば、
「健気に時代に立ち向かっていく」
というイメージもすぐ作れる。
それは虚像だ。
何年かこの業界にいれば、誰でもできる。
映画「ひめゆり」は、そうした安易な虚像生産をしたくなかった。
だから、
おばちゃんたちに対して、同じ目線で正面からカメラを構えた。
見下ろすでもなく、見上げるでもなく、「目高」。
もっともシンプルなアングルだ。
(シンプルは最も難しく、
カメラマンの精神も技量も要求される。)
編集でも、おばちゃんたちの話を最大限生かすために、
証言と証言の間も
きわめてシンプルな映像でつないだ。
演出家不在、監督不在、
そのように見えることが望ましいと思った。
おばちゃんたちの映画であって
監督の映画ではない、
そうありたかった。
村山匡一郎さんは、このことをもっと強く感じ取って下さった。
そしてもっと深い意味づけをしてくれた。
紡がれる彼女たちの言葉は、
見る者の想像力を強く刺激し、
残酷で哀しい悲劇的出来事を再び蘇らせる。
この映画は、観る人が
自らの想像力の中で作っていく映画である、というのだ。
おばちゃんたちの映画、
監督の映画、ということを超えて、
観る人が自らの想像力の中で映像を作っていく映画。
観る人が、カメラマンにもなり、出演者にもなり、監督にもなる。
それが成功していると村山さんは感じたのだろう。
「稀有なドキュメンタリー映画である」
という言葉で結んで下さった。
手前味噌になるのでもう止めるけど
村山さん、ありがとうございました。