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26歳のおかみさん

沖縄本島南部、本日は快晴なり。

僕のお気に入りの宿の壁に掛けられた
Coccoさんの祖父、眞喜志康忠さんの直筆の色紙が
朝の陽射しの照り返しを受け
にぶく輝いている。

   低く暮し
    高く思う
      眞喜志康忠

民宿のおかみさん、藤原奈央子さん(26)は
沖縄芝居が大好きで、
巨匠、康忠氏がたまたま近くにお茶を飲みに来た時
サインをねだったという。

奈央ちゃんは神戸出身。
中学生のとき阪神大震災で被災した。
そのときボランティアで来た沖縄人の素敵な笑顔が忘れられず、
「いつか沖縄においでよ」と言われた言葉どおりに実行した。
今は糸満でエイサーや古武道をしながら
民宿の運営をしている。
いや、逆か・・・、民宿の運営をしながら
エイサーや古武道をしている・・・。
というべきなのだが、
お客さんが少ないときは近くのコンビニなんかでバイトしているので
何が彼女の本業かは、一概には言いがたい。
パワーあふれる人だ。

この宿は、ひめゆり資料館リニューアルのときの基地でもあった。
総設計をお願いした岡部憲明さん(関西新空港を設計した建築家)をはじめ、
スタッフ全員ここに泊り込んで、
昼も夜も資料館に通った。

映画の撮影のときも
最後の3回ほどはお世話になった。
僕がくたびれはて、
レンタカーをぶつけまくったことがある。
知念岬の駐車場の路肩に乗り上げパンク、
山城丘陵で再びパンク、
糸満高校の駐車場では校舎柱に衝突し
車後部が大破。
一週間の間に立て続けに起こった。
そんなとき、奈央ちゃんが駆けつけ
ニコニコ笑いながら助けてくれたものだ。

奈央ちゃんの夢は、
色んな人の出会いが生まれるような場をつくること。
人と人がつながっていくことで、
新たな夢が生まれる場をつくること、という。

確かに、この宿には、
夜になると地元のおばぁ、にいにい(青年)たちが集っては
話に花を咲かせる。
この宿の主なお客さんは
一杯100円の泡盛や
一缶200円の発泡酒を飲みにくる人たち。
この3日間、宿泊客は僕ひとり。

沖縄で暮している限り
金銭的に豊かになることは望めない。
貯金なんて夢のまた夢。
でも、人と人が信頼しあい、
助け合って行けば、
辛いことも楽しみに変わる。

    低く暮し 高く思う

眞喜志康忠さんの言葉は
知恵と矜持に満ちている。

Coccoさんも言っていたっけ、

    来年の予感。
    お先真っ暗
    でも、大丈夫。
    歌を掲げて全力前進。
    願うだけじゃ、叶わないこと。
    叶わない夢もあるってこと。
    それでも進め。

26歳のおかみさん、奈央ちゃんは
きょうも元気に「バイト」に出かけて行った。
  (何が本業か、もう分からん)

日本軍の真珠湾攻撃、マレー半島上陸からちょうど65年目の
朝のひとつの風景だった。

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2006年12月08日 08:07に投稿されたエントリーのページです。

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