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2007年2月 アーカイブ

2007年2月 2日

予告編まもなく

予告編の編集がほぼ上がりました。
先ほど、インタビュアーをやってくれた早紀さんに来てもらい
仕上がりを観て確認してもらいました。
「すごくいいです」ということだったので、あとちょっと微調整したら完成です。

2007年2月 3日

ニューズレターについて

「広島のおかあちゃん」のChipipiからメールが届きました。
「登録したけどニューズレター届かない、登録されていないのかしら?」と。


いえ、きちんと登録されています。
僕らがどのタイミングでニューズレターを送ろうか
迷っているうちにずるずる遅くなっています。
予告編がアップできるタイミングで次の号をお送りしようと思っています。


Chippiさんからは広島のミニシアター、横川シネマに
「こんな映画がある、ぜひ上映してはどうか」という働きかけをしてもらいました。
今年1月、僕のNHK時代からの友人、澄川嘉彦監督が
「タイマグラばあちゃん」という彼の素晴らしい作品を横川シネマで上映していて
澄川君からも横川シネマの支配人に話をしてくれています。
9月に上映するという方向で話が進んでいますが、
まだ最終決定には至っていないのでお知らせできていませんでした。


同じように、大阪の劇場からも
「上映する方向で考えている」というご返答をいただいています。


おそらく、劇場主の皆さんは
沖縄の桜坂劇場、そして東京ポレポレ東中野で
果たしてお客さんが入るのか否かに注目しているのだと思います。


ポレポレ東中野の支配人、大槻さんが苦笑しながら言っていたこと。
「いやぁ、他の劇場の人にひめゆりのことを話したら、
 『よく、そんな博打を打てるね』と言われたよ。
 実績もない監督、制作配給会社の作品をいきなりメインの時間に。
 しかも戦争モノが当たる7~8月ではない時期にやるなんて、と。
 でも僕はこの作品には力があると思う。
 何かが動けば絶対に観て貰える。
 戦争モノだから夏にやるという発想も打ち壊したい。
 それでは、夏が過ぎたらこういうテーマは
 忘れてもいいのかということになる。
 それは嫌だよね」


その言葉に僕らも感動し、
ポレポレに一人でも多くの方が来ていただけるよう
努力を重ねています。


前に誰かが「東中野で会おう」と書いてくれたけど
そういう日々を夢見ています。


同じように、沖縄の桜坂劇場の上映も
映画界の常識からは大決断。
沖縄の方、ぜひ観に来てください。

2007年2月 4日

「うない」新情報

1月25日のブログで書いた
Coccoさんのインタビューが載っている「うない」1-2月号について、
東京都のKYさんが琉球新報社に問合せたところ
1冊150円(郵送、送料別)で販売してくれるそうです。

問合せ先をもう一度記します。
琉球新報社販売局販売企画部
電話: 098-865-5111(代)

2007年2月 7日

予告編完成

予告編の一番最後に、Coccoさんがご自身の声で
「忘れたいことを話してくれてありがとう」と
吹き込んでくれました。


完成
・・・・しかし、映像をサーバーにアップするのがうまく行かない・・・・


うーむ! こういうの詳しい人いますかぁ?


とにかく、明日は一日撮影で出かけてしまうので、
しばしお待ちください。

ひめゆり 吉村秀子さん

きょうは、ひめゆり学徒の生存者で
いま横浜で暮らしている吉村秀子さんを訪ね
その体験をお聞きし、撮影してきた。
これまでなかなか撮影するチャンスがなく
ようやく実現した。
7時間ぐらいお話をうかがったけど
とても尽きるものではなく、
また時間を作って訪ねることを約した。


だから、今回発表する映画は「集大成」とはいえ
まだまだ果てしなく続く記録の第一部なのだ。


それにしても、過酷な体験をうかがうのは
話す方もたいへんだし、
聞く方も全精力を注がないとならない。
驚き、憤り、悲しみ、感動し、励まされた僕は
いま身も心もいっぱいになっていて
言葉にならない。


2007年2月 8日

予告編 仮アップロード

予告編です(テスト中)

クリックすると動き出すはず・・・・です。

インタビューをやってくれた早紀さん、
ありがとう。
おつかれさまでした。

2007年2月 9日

募集 とっても地味な作業を手伝ってくれる方

ようやく予告編、仮にアップしてみました。
観れましたか? どうですか?


ところで、いよいよ映画の前売券の印刷も上がってきます。


    
    (ポレポレ東中野での上映用)


ところで、これに連番を付けなければならないことが判明しました。
スタンプでバタバタと「00001」「00002」「00003」と
やって行かないとならないというのです。
連番をつけたものを、劇場や各プレイガイドに置くというのです。


そこで募集をさせていただきたいのですが、
きわめて地味なこの作業を
どなたかボランティアで手伝っていただける方いませんか?


場所は、「ひめゆりを観る会」(プロダクション・エイシア内)の事務所。
びっくりするほど小さな事務所。
こんなところから映画が作られたんだ、ということを知るだけで
驚きかもしれません・・・・・。

(予告編を手伝ってくれた早紀さんも、びっくりするほどの小さなところ)


13日(月曜)から15日(木曜)ぐらいまでの日中から夜にかけて
どの時間帯でもかまいません。
ご都合のつく方、以下へご連絡くださるとありがたいです。

himeyuri@asia-documentary.com
電話: 03-3354-3520 (担当:おおがねく)

残念ながら、僕はこの間、沖縄に行っていて、事務所にはいません。
でも諸々の楽しいスタッフたちがいます。
どうですか?

ご応募ありがとうございます

チケットの連番打ち、この極めて地味な作業に
ご応募ありがとうございました。


早紀さん、そして神奈川県のYKさん、
下北沢の本多劇場にお勤めのTSさんの3人の方々に
お願いすることになりました。


本当にありがとうございます。


柴田(沖縄にて)

2007年2月18日

パンフレット(資料集)作成中

物理的に時間がなく、ブログの更新もできなかった。
いま、3月23日の沖縄公開をめざして、
この映画のパンフレット(資料集)を作っている。

採録シナリオを掲載するほか、
出演した22人のプロフィール(戦前・学園時代・戦後の歩み)を文章にまとめ、
細かな事実関係を確認したりするのに
「助けて」というぐらい、時間がなかった。(今も・・・)

「ひめゆり」のおばちゃんたちが
身近な存在であることをわかってほしい──そんな思いから、
映画「ひめゆり」では紹介できなかった彼女たちの人生、
彼女たちの生の声を伝えられるものにしようと思っている。


2007年2月23日

スタッフのコメント(1) 川口君

ようやくパンフレット作りの山を越した。
パンフレットを作るなかで、この映画製作に携わったスタッフたちからも
この映画に賭けた思いを書いてもらった。
それぞれの立場で、いろんなことを考えながら仕事をしていたんだと
あらためて気づいた。

きょうから、それらを紹介して行きいたい。


年齢の若い順番にしようと思う。


ますは、カメラマンの川口慎一郎君(27)。
映画の冒頭のカットを撮ってくれたほか、
編集も手伝ってくれた。
これまで撮りためてきた100時間以上におよぶ映像の全てに
丹念に目を通している数少ない一人だ。


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■川口慎一郎 (撮影)

「ひめゆり」――学校では習わなかったし、自ら知ろうともしませんでした。映画制作に参加するようになったとき、僕はまずはそれまで撮られていた証言をすべて観る事から始めました。おばちゃんたちの毅然と話す姿から、生きぬいていくという強さを僕は感じました、命についての事を考えてみるようになりました。おばちゃんたちの話は僕に、自分を考える、そして周りの世界に目を向けるというきっかけを与えてくれました。

1979年生まれ
北京電影学院撮影科で学んだ後、フリーで撮影の仕事に携わるようになる。現在プロダクション・エイシアのスタッフ。

2007年2月24日

スタッフのコメント(2) 吉野さん

川口君の次は、一気に年齢が上がって
僕の2歳年下となります。
録音の吉野奈保子さんのコメントです。

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「友の死」という心の痛みとともに、周囲から「生き残り」といわれることの辛さを抱えてきた「ひめゆり」の女性たちが、覚悟を決めてカメラの前に立ってくださった。戦争から数十年がたち、齢を重ねていくなかで、「今、私たちが伝えるしかない」と思い定めて。いざ、重く閉ざしていた心が解き放たれると、言葉は次から次へとあふれ出す。その録音をまかされた私は、次の日も、また次の日も「ひめゆり」の一人ひとりにマイクを向けていた。あるときは暗いガマ(洞窟)の中で。あるときは海岸のアダンの茂みで。私たちは「聞く」というよりも、ただあふれ出てくる言葉を浴び続けていた。

よしの・なおこ 1965年生まれ。出版社勤務の後、民族文化映像研究所所員となり、記録映画製作に携わる。現在、NPO法人樹木・環境ネットワーク協会のスタッフとして、森の“聞き書き甲子園”プロジェクトを担当。

2007年2月25日

神奈川県のNSさん(20)から

神奈川県のNSさんから、こんなメッセージが届いた。
以前、11月12日のブログにもご紹介したことのある20歳の女性だ。


    お久しぶりです。
    ついに上映の日取りが決まったのですね!
    私は沖縄まで見に行くことは出来ませんが、
    初の公演が大成功することを神奈川県より祈っております。


    予告編も見させていただきましたが
    3月23日の沖縄での公開に行きたい気持ちでいっぱいです。


    先日、この映画やCoccoや沖縄に強い興味のある私は
    漠然と米軍基地を見に行きたくなり、
    横浜市神奈川区の我が家から横須賀市の米軍基地まで
    自転車を必死で走らせ見てきました。
    町を歩く人々のほとんどが外国人で驚きました。
    Coccoが以前沖縄のアメラジアンのことを話していましたが、
    沖縄の町もこんな感じなのかなと思い、
    今も基地を囲む塀の向こうで米軍が戦の練習をしていることを考えると
    複雑な気持ちになりました。


    さて、話がそれてしまいましたが、
    ひめゆりが日本全国で広く上映され私を含む多くの人が
    この映画に触れられたらと思います。


横須賀まで足を運んでイメージをするって、
とてもすごい行動力だと思う。
しかも、自転車で・・・・・・。


ありがとう。
この映画が、何か新しい発見や行動のきっかけになれば
監督としてはこんな嬉しいことはありません。

2007年2月26日

東京都のYNさん(26)から

昨日、自転車に乗って横浜から横須賀へ行ってみた、
という20歳のNSさんのことを紹介した。
映画―――NSさんはまだ観ていないけど、
それがきっかけとなって小さな一歩を踏み出した。


きょうは、試写用映像を観てくれた、出版社勤務のYNさん(26)から届いたメッセージ。


    「ひめゆり」を観た後、ここ数年間さぼっていた日記を再びつけ始めました。
    後世のために、自分に何ができるか、何が残せるのかは分かりませんが、
    記憶が風化してしまわぬように、自分が見たもの感じたこと、
    生きた記録を、少しでも多く刻んでおかなければという衝動に駆られました。


YNさんも、映画をきっかけに、自分自身を新たな角度から見つめ直そうとしている。


ところで、ひめゆり学徒の生存者の中では、
宮城喜久子さんが、学園時代から日記をつけていたという。
喜久子さんは、戦争の体験を長い間、他者に語ることはなかったけど、
自らの日記には書き残していた。
そのことも関係しているのだろうか、喜久子さんの話は、とても具体的だ。


沖縄公開の初日(3月23日の前夜祭)では
ひめゆりの方々の戦後について短くまとめた特別編集版も映写する。
東京の公開のときも、できたらなぁと思っている。

再び兵庫のNMさんから

パンフレット(資料集)作りで忙しく、
いただいていたメールにきちんと目を通せなかったけど、
ようやく読むことができました。

きょうは、兵庫のNMさん(29)から再び届いたメッセージをお伝えします。(前回は11月25日に掲載)


    お久しぶりです。
    公開まであとちょっとですね。
    日々お忙しいなか、ご連絡をくださってありがとうございます。
    しかし、予告編が観れないんですよー。
    わたしのパソコンの問題かな。
    とっても観たいのに。。。
    大阪での公開心待ちにしています。


    ところで、先日広島に行く機会があり、原爆ドームに初めて行って来ました。
    そして、資料館にも行って来ました。
    まず、資料館の入場料の安さにビックリしました。
    きっと、大勢の方に来てもらえる配慮なのでしょうね。
    また、平日の雨の日にも関わらず、多くの方が来られていました。
    外国の方も多かったです。
    思った以上に見るのに時間がかかってしまい、
    全ての資料をゆっくり見ることはできなかったのですが、
    時間の許す限り、見て回りしました。


    やはり怖い、という想いが『0』にはなりませんでしたが、
    今まで遠ざけてきた物に、こちらから歩み寄り、
    わたしの中では大きな大きな一歩となりました。


    以前のわたしなら、絶対目を逸らしてしまいそうな写真も、
    じっと見つめました。
    やはり、60年以上経った今も、戦争は終わっていないし、
    こんな悲しい出来事を後世に伝えて行かなくてはならない、
    ありきたりですが、心から思いました。


    爆撃を受けた時の様子を描いた絵や無残な写真がたくさんありましたが、
    ひめゆりのおばぁ達と同様、わたし達に見せてくれたその勇気に感謝します。
    そして、もっと多くの人に目を逸らさず見て欲しい。
    目を逸らさずに、というのは、
    わたしみたいに怖くて今まで見ることができなかった人達だけでなく、
    自分の利益や我が侭、権力のために、未だバかなことを考えいる人達に。


    知らない、ということは罪だということを切実に感じました。
    その後、北朝鮮の六カ国協議のニュースが報じられ、なんと愚かなことであろう、と
    悲しい気持ちでいます。
    どうして正しい勇気を持った人達の純粋な想いが伝わらないのでしょう。
    どうして権力の前にそんな想いは潰されてしまうのでしょう。
    悪いことをした人には、それなりのことが返ってくることは解っています。
    しかし、未だ絶えない戦争の前に、どうして、という想いや憤りが溢れてきます。
    おばぁ達は、未熟なわたしに、何と答えてくれるのでしょう。


    何もできないわたしは、ただただ祈ることしかできません。
    忘れたいことを話してくれたおばぁもすごいけど、
    それを紡いで形にしてくれた柴田さんもすごいです。
    わたしは、一人でも多くの人にこの映画を観てもらえるよう、
    身近な人から話して行きますね。
    まだ観ていないのにせっかちですが、たぶんそのくらいのことしかできないから。
    『不都合な真実』くらい、世論を巻き込む作品となりますように。
    戦争や殺人、いじめ、自殺の絶えない現代に、
    命の尊さをみんなもっと認識しなくては。


ありがとうございます。
何よりも、お便りをくれる皆さんの中にあふれる力に感謝します。

2007年2月28日

DVD販売するの?

北京在住で千葉県に実家があるというTOさん(35)からのお便りと質問。


    この2月19日~22日に沖縄旅行に行き、
    ひめゆり平和祈念資料館を初めて訪れ、この映画のことを知りました。
    現在中国北京駐在中で日本に戻る機会が限られているのですが、
    是非このドキュメンタリー映画は観たいと強く思っております。
    日本では千葉県に家があり
    日本に帰省するタイミングと合えば
    劇場に足を運びたいと思っております。
    またDVD等の発売の計画があればあわせて
    教えていただきたくよろしくお願い申し上げます。


実は、DVDを販売するのかという質問をこれまで幾つか頂いていました。


答えは――「販売しません」


というのは、ひめゆりのおばちゃんたちが望んでいないからです。
映像が手の届かないところに流出し
勝手に改編されて、自らの思いとは別のものとして伝えられてしまうことを
おばちゃんたちが、とても心配しているからです。


ひめゆりの方々は、これまで様々なメディアに利用されてきたので
皆さんとても慎重です。
都合のよいところだけ切り取られ、
都合のよいように使われることがないようにという思いを
僕も託されています。


だから・・・
この映画は、劇場か、自主上映の場でしか
観ることができないのです。


どうか皆さん、ひめゆりのおばちゃんたちの気持ちを理解してください。
そして、公開の場へと足を運んでいただけますよう
お願いいたします。

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