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宮城信子さんのこと

きょうも桜坂劇場は大入りだった。
去年3月、映画完成直前に亡くなった
元ひめゆり学徒、宮城信子さんのご家族も
会場に見えていた。


   「映像を見ると、母が死んだような気がしない。
    まるでそこに生きているみたいだ」


娘さんはそうおっしゃった。


宮城信子さんには、僕は本当に助けられたものだった。
さまざまなことが重なり、
基本的に明るい性格の僕が「笑う」ことすらできなくなるような
とても落ち込んでいた時期が数年あったけど、
信子さんの元気と明るさに、どれほど励まされたことだろう。


信子さんは踊りが得意で、
新年会など宴席では率先して即興で踊り、
ひめゆりのおばちゃんたちを
笑いの渦に巻き込んだものだった。
面倒見がよく、
暗く沈みがちが同級生たちを誘って旅行に行ったりもしていた。


だから、いつも元気だった宮城信子さんが、
映画完成直前に突然亡くなったとき
僕はびっくりして、立ちすくんでしまった。
映画をもう少し早く完成させることができればと
悔しかった。


お会いした娘さんは、
宮城信子さんの面影のある
やさしそうな方だった。
ご主人も、とても誠実そうな方だった。
来ていただき、本当にありがとうございます。


夕方は、沖縄本島南部の宮本亜門邸を訪ね、
映画にコメントを寄せていただいたお礼を申し上げた。


明日の夜、東京に戻る。

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2007年4月 1日 23:59に投稿されたエントリーのページです。

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