「ひめゆり」が、ついに沖縄・東京を飛び出していった。
昨日、富山市内で上映会が行われた。
僕も、徹夜状態のまま飛行機に飛び乗り、うかがった。
企画してくれたのは、富山で繊維工場を営みながら
音楽(チェロ)の教育にも尽くしてきたという参納純三さんと有志の方々。
映画が完成したばかりの去年、すぐに
「6月23日の“沖縄・慰霊の日”の前後に上映したい」と連絡があった。
半年間、地元の大勢の方々が準備を重ねた上での自主上映会、
450人ものお客さんが集まり、小さなホールはいっぱいになった。
上映会はまず、富山市内の高校生たちを中心とする合唱団が
「別れの曲」を歌うことから始まった。
ひめゆりの人たちが卒業式で歌いたくても許されなかった曲だ。
素敵な歌声を、ぜひそのまま、ひめゆりのおばちゃんたちに聞かせたかった。
映画の上映後は、中学生・高校生6人と、僕とのトーク。
14歳から18歳、ちょうど、ひめゆりの人たちが戦場に行ったのと
ほぼ同じ年齢の学生たちだ。
「別れの曲」を練習してきた若い高校生たちが、
映画のラストにも「別れの曲」が流れるのだけれど、
「映画を観る前と後とで、歌がまったく違ったものに聞こえた」と
言っていたことが、とても心に残った。
上映会の中心となった参納純三さんは、昭和7年生まれの75歳。
おととし、たまたま旅行で沖縄に行き、
沖縄戦のことを自分が余りに知らなかったことに衝撃を受け、
同じ国民として一緒にきちんと受け止めたいと思うようになった。
参納さんは言う。
「人生いくつになってもスタートライン。
私も70年生きてきて、ずっと沖縄に無関心で、
音楽中心、経営も忙しかった。
気がついたら、そっからスタートすればいい。。
思いついたら実行せんと、考えとっても何にもならん。
早く知っていても、何もしなければ何にもならん。」
「上映会をするにあたり、助けてくれそうな人がいればどんどん出向き、
そこからまた新しい出会いが生まれた、
だから本当に良かった」
参納さんは、実は、50代後半に、経営していたニット製造業をたたまざるを得なくなった。
家も財産もすべて失い、そこから裸一貫でまた生きて来たという。
事業を縮小したり、閉じることは、
働いていた人の人生を預かる経営者としては
すさまじいエネルギーのいることだったという。
富山空港へ僕を送ってくれる車中で、参納さんが言った。
「いまの経営者は『リストラ』と簡単に言うけど、
戦争でなくれも人を殺していることを、みな気づいていない。
戦争でなくても、人を殺す状況に置いていることを。」
映画「ひめゆり」の中でも、
「人間が人間らしくなくなる瞬間を気づいた」
という証言がある。
平和の原点は日常生活の中にある。
経済のグローバリズムは
得てして人間の価値を数値に置き換えてしまう。
グローバリズムという言葉が、「美しく」響く言葉だけに
実はその言葉の意味するものが、
日常生活を戦争状態のなかに絶えずさらしていることを覆い隠していることのだと、
しみじみと考えさせられた。
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●ご案内
この一年間、北欧フィンランドで撮影をつづけてきた番組が
明日、放送になります。
NHKハイビジョン特集「世界里山紀行~フィンランド・森とともに生きる」
6月19日(火)夜8時~9時30分 (NHK BSハイビジョンにて)
(再放送)6月27日(水)14時~ (NHK BSハイビジョンにて)
※8月には、NHKスペシャルとして総合テレビで放送の予定です。