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2007年6月 アーカイブ

2007年6月 2日

ポレポレ・アルバム2

  「百子、悲しい顔をしていてはダメだよ。
   泣きっ面に蜂というでしょう。
   悲しい顔をしていては、何も良いことはないよ。
   悲しいのは、お前だけではない。
   沖縄の人はみんな悲しいんだ。
   それを乗りこえていかなければならないんだよ」

と近所のおばさんから言われ、笑顔で生きる決意をした与那覇百子さん。
 (ひめゆり学徒隊生存者)





撮影: 写真家・岡本央(さなか)さん。5月27日、ポレポレ東中野の屋上にて。

   岡本央さんは「蟻の兵隊」のポスターも撮影した人。
   子供を撮らせたら右に出るもののない、すばらしい写真家。
   試写会で「ひめゆり」を観て以来、影に陽に応援してくれています。


2007年6月 4日

映画のパンフレット

若い人がたくさん観に来てくれ、
ポレポレ東中野も、若々しい力にあふれている。
親子連れの方も多い。


映画を観終わった若い人から
「来て良かったです」と、よく声をかけられる。
これほど嬉しいことはない。


映画のパンフレットが、かつてなく売れていると
劇場の受付の人が言っていた。


パンフレットには、映画には収め切れなかったこと
―――証言してくれた22人の生い立ち、戦後の生き方など
    それぞれのプロイール―――
と、
映画の全証言の採録シナリオを載せている。
Coccoさんの『想い事――ひめゆりの風』の全文も収めた。


この内容で1冊840円は、かなり破格だと思う。
でも、ひめゆりのおばちゃんたちの存在を
少しでも身近なものにしようと、力を入れて作ったし、
気軽に求められる値段にしたかったんだ。


劇場にいらした方は、ぜひ手に取ってみてみてほしい。


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本日の毎日新聞(全国版)第3面の「人」欄に
澤田猛記者が記事を書いて下さった。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/hito/news/20070604ddm003070153000c.html
澤田さんとの出会いからいろいろなことを教えられた。
いずれきちんと書きたい。

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相変わらず眠る時間のない柴田より・・・。
コメントなど、返信できなくてすみません。

2007年6月 7日

明日は

明日の夜は、東京・新宿の小さなライブハウスで
映画「ひめゆり」をすでに見てくれた人たちとともに
いろいろなことを語り合う、というイベントがある。


神奈川在住のひめゆり学徒生存者、吉村秀子さんも
お見えになる。


どんな話になるのだろう。
楽しみだ。


詳しい情報はこちらです

2007年6月10日

感想ボックス

先週、先々週とつづけてスタジオ作業がつづき
あまりに忙しく、布団の上に眠るということが
ほとんどできなかった。
段ボールを床の上に敷いて仮眠したり、
机の上で気づいたら1時間ぐらい経っていたり。
昨晩、久しぶりに布団でぐっすり眠ることができた。


ひめゆりのおばちゃんたちの中には、病院壕にいたとき
みかん箱のような小箱の上に座るだけ
横になるということを知らずに
数十日を過ごした人もいる。
それに比べたら、たいしたことはない・・・・。
でも、40を過ぎた体には、やはりこたえる。
スタジオ作業は、今週金曜までつづく。


 ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪ ~


きょう、ポレポレ東中野の3回目の上映のあと
「感想ボックス」を置くことができた。
ボランティアで応援してくれているかなえさんが
手作りで持ってきてくれた。


設置した直後、
たまたま小学6年生、中学3年生の娘さんを連れて
観に来てくれていたお母さんとお子さんが、感想を書いて行ってくれた。


メールやブログへのコメントも嬉しいけど、
手書きの感想は、あとで、
ひめゆりのおばちゃんたちに読んでもらうことも容易。


劇場にいらした方、ぜひ気軽に
感想やメモを残して行ってください。


2007年6月15日

Coccoの風 きらきら

Coccoさんのファンの方々にささえられこのブログを始め、
そして、つづけてきました。
皆さんの声援があり、東京での劇場公開が始まり、
ついに大阪、名古屋での劇場公開も具体的に決まりました。
ほんとうにありがとう。


おかげさまで、東京の劇場(ポレポレ東中野)の客席は
半分近くが、若い人たちで占められています。


Coccoさんが7月に発売するアルバム「きらきら」には
「ひめゆり」にちなんだ曲が収録されています。


「お菓子と娘」


この歌に込められたCoccoさんのメッセージです。


    ドキュメンタリー映画「ひめゆり」をきっかけに出会った曲です。
    戦時中にこの歌に心踊らせたというひめゆりのおばぁたちに笑っ
    てほしい一心で歌いました。
    それでも笑顔の何百倍もの残酷な記憶をも蘇らせてしまうのでは
    ないかと私は恐れましたが、おばぁたちの強さが背中を押してくれ
    ました。
    燦々スタジオのあった山の麓の中学校の体育館を借りて録りました。
    その次の日、録れたてほやほやをおばぁたちに届けたら、喜んでく
    れたと連絡があって。
    大泣きです。
    おばぁたちを苦しめることは絶対にしたくなかったので、それはそ
    れはうれしい知らせだったんです。

                        (プレス発表用の資料より)


「ひめゆり」―――こわいのではないかと心配して見にいけないでいる人も多いと思います。
でも、正反対。
静かな優しさと強さを、ひめゆりのおばちゃんたちから、しっかり感じ取れると思います。
見おわったあと、人生の歩みに困ったとき、きっと
「おばぁたちの強さが背中を押してくれる」はずです。
ぜひ劇場に足を運んでみてください。


「お菓子と娘」については、いつかきちんと書きます。

2007年6月18日

富山での上映会

「ひめゆり」が、ついに沖縄・東京を飛び出していった。
昨日、富山市内で上映会が行われた。
僕も、徹夜状態のまま飛行機に飛び乗り、うかがった。


企画してくれたのは、富山で繊維工場を営みながら
音楽(チェロ)の教育にも尽くしてきたという参納純三さんと有志の方々。
映画が完成したばかりの去年、すぐに
「6月23日の“沖縄・慰霊の日”の前後に上映したい」と連絡があった。
半年間、地元の大勢の方々が準備を重ねた上での自主上映会、
450人ものお客さんが集まり、小さなホールはいっぱいになった。


上映会はまず、富山市内の高校生たちを中心とする合唱団が
「別れの曲」を歌うことから始まった。
ひめゆりの人たちが卒業式で歌いたくても許されなかった曲だ。
素敵な歌声を、ぜひそのまま、ひめゆりのおばちゃんたちに聞かせたかった。


映画の上映後は、中学生・高校生6人と、僕とのトーク。
14歳から18歳、ちょうど、ひめゆりの人たちが戦場に行ったのと
ほぼ同じ年齢の学生たちだ。
「別れの曲」を練習してきた若い高校生たちが、
映画のラストにも「別れの曲」が流れるのだけれど、
「映画を観る前と後とで、歌がまったく違ったものに聞こえた」と
言っていたことが、とても心に残った。


上映会の中心となった参納純三さんは、昭和7年生まれの75歳。
おととし、たまたま旅行で沖縄に行き、
沖縄戦のことを自分が余りに知らなかったことに衝撃を受け、
同じ国民として一緒にきちんと受け止めたいと思うようになった。


参納さんは言う。


    「人生いくつになってもスタートライン。
     私も70年生きてきて、ずっと沖縄に無関心で、
     音楽中心、経営も忙しかった。
     気がついたら、そっからスタートすればいい。。
     思いついたら実行せんと、考えとっても何にもならん。
     早く知っていても、何もしなければ何にもならん。」


    「上映会をするにあたり、助けてくれそうな人がいればどんどん出向き、
     そこからまた新しい出会いが生まれた、
     だから本当に良かった」


参納さんは、実は、50代後半に、経営していたニット製造業をたたまざるを得なくなった。
家も財産もすべて失い、そこから裸一貫でまた生きて来たという。
事業を縮小したり、閉じることは、
働いていた人の人生を預かる経営者としては
すさまじいエネルギーのいることだったという。


富山空港へ僕を送ってくれる車中で、参納さんが言った。


    「いまの経営者は『リストラ』と簡単に言うけど、
     戦争でなくれも人を殺していることを、みな気づいていない。
     戦争でなくても、人を殺す状況に置いていることを。」


映画「ひめゆり」の中でも、
「人間が人間らしくなくなる瞬間を気づいた」
という証言がある。
平和の原点は日常生活の中にある。
経済のグローバリズムは
得てして人間の価値を数値に置き換えてしまう。
グローバリズムという言葉が、「美しく」響く言葉だけに
実はその言葉の意味するものが、
日常生活を戦争状態のなかに絶えずさらしていることを覆い隠していることのだと、
しみじみと考えさせられた。


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●ご案内
この一年間、北欧フィンランドで撮影をつづけてきた番組が
明日、放送になります。
NHKハイビジョン特集「世界里山紀行~フィンランド・森とともに生きる」
    6月19日(火)夜8時~9時30分 (NHK BSハイビジョンにて)
    (再放送)6月27日(水)14時~ (NHK BSハイビジョンにて)
※8月には、NHKスペシャルとして総合テレビで放送の予定です。

2007年6月20日

ズコイキリ ~ 富山上映会(2)

初めての富山での自主上映会。
上映後、実行委員の人たちと夕食を取りながら懇談。
地域をいきいきとさせるために、いかに多くの人たちが目に見えない
努力をしているかを感じた。


富山港に近い岩瀬で喫茶店を営む西宮正直さん。
山田洋二監督の大ファンで、
「男はつらいよ」や「釣りバカ日誌」の誘致なども尽力した人。
喫茶店の入口には、寅さんの大きな絵がかかげられ、
「おーい 幸福かい・・・」
と寅さんが語りかけている。
富山実行委員会の打合せは、この喫茶店で行われてきたという。


西宮さんは言った。


    「上映会のようなことは、人間どうしの信頼関係がないとできない。
     途中で、切ない思いをたくさんする。
     切ない思いを参納さん(委員長)に言わないで、
     自分の胸のうちに留められる信頼関係。
     子供たち、中学生たちにもっと参加してもらいたかったし、
     現場の先生方が管理職との間で、歯ぎしりをしながらやってきた。
     そういう苦労も胸にしまい、
     潤滑油となっていく・・・。」


「顔で笑って心で泣いて」という寅さんを
地で行っているような人だった。


富山では、「ズコイキリ」という言葉を教えられた。
跳ね上がり者、生意気、頭がかっかしているが、
先見性を人一倍持っていて、
自分の信じた道をどんどん突き進む人のことだ。
富山では、たくさんの「ズコイキリ」に会い、
人間の強さをたっぷり教えられたのだった。


2007年6月21日

学校へ

ポレポレや桜坂劇場で「ひめゆり」を実際に観てくださった学校の先生の中から
生徒たちに見せたいと学校内での上映を企画してくださる動きが出て来ている。
きのう、東京と沖縄の高校で、初めての学内上映が行われた。
若い心に言葉が届いていくこと、とてもうれしい。


●ご案内
NHK「視点論点」に出演します。
放送 6月22日(NHK教育テレビ) 夜10時50分~11時00分
ひめゆりの生存者の皆さんがいま語ることの意味について、話させていただきます。

2007年6月22日

NHK視点論点

NHK「視点論点」に出演した。
ひめゆりの生存者の皆さんがいま語ることの意味について、
話をさせていただいた。


あわせて、戦争の歴史を美化しようとする動きに歯止めをかける意味で
忘れたい記憶を丹念に掘り起こし、耳を傾ける重要性について
問題提起をさせていただいた。


沖縄戦の住民の集団自決に軍の関与があったとする教科書の表現を
修正させるという文科省の検定意見は
僕たちの目をふさごうとするもの。
僕自身は、日本の一国民として、たいへんな事態だと危機感を持っている。
僕たちの子供たちに、事実と真実をきちんと繋いで行きたい。
知った上で、もっと強くありたい。


このブログに寄せられた、ある若い人のメッセージの言葉に、とても共感している。


    「真実を受けとったら、受けとった人にとって、
     今よりもっとリアルな“平和”が浮き上がって
     見えてくるのではないかと想います。」


明日は、沖縄・慰霊の日。
62年前、沖縄戦の組織的な戦闘が終わった日で、
死者の霊を慰め、平和を祈る日として沖縄県によって制定された。
沖縄戦で亡くなった人たちにとっての最大級の侮辱の風が吹く中、
「ひめゆり」を、たとえ単館であっても上映できることは、
せめてもの死者への手向けだと思う。


少し感情的な書き方に見えてしまうかもしれないけど、
いまが大変な事態になっていることだけは、伝えたいと思ったから。
亡くなって行った皆さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。


●視点論点の再放送は
6月23日(NHK総合テレビ) 朝4時20分~4時30分

2007年6月23日

慰霊の日

きょうは沖縄・慰霊の日。
62年前のきょう、沖縄戦の組織的な戦闘が終った。
多くの方に、きょうポレポレ東中野の劇場にお越しいただき
一緒に大事な日を過ごせたこと、心より感謝します。


きょうの東京は青空。
沖縄にもつながるような、すごい空だった。

2007年6月24日

心のカセ

きょうもたくさんの方が 小雨の中
ポレポレ東中野に来てくださった。


あるお客様が、帰りがけに僕に声をかけてくれた。


    「これまで沖縄に行こうと思いながらも、行ききれなかった。
     行く勇気がでなかった。
     でも、この映画を見て、心のカセが外れました。
     沖縄に行ってみようと思います」


僕より上の世代の人の中には、
本土のために犠牲になった沖縄、という罪悪感を強く抱き、
沖縄に足を向けて寝られない、ましてや旅行でなんか行けない
という人もたくさんいる。
そういう人にも、「ひめゆり」はやさしい風を届けてくれたのだと知り
心の底から嬉しかった。


どうぞ、すなおな気持ちで沖縄に行ってみてください。
そして、ひめゆり平和祈念資料館も訪れてみてください。
毎日、朝9時半から午後4時まで
ひめゆりのおばちゃんたちの誰かが資料館にいます。
そして誰とでも喜んで話をしてくれます。


何を質問していいのか分からない、
失礼になってしまうのがこわい――
そんな気持ちも、僕、よく分かります。
14年前までの僕もそうでした。


でも、この映画を見れば、とても身近に感じるでしょう?
何でもいいのです、ぜひ声をかけてください。
あなたと心を通わせることができることが、
ひめゆりのおばちゃんたちにとっても、何よりも喜びなのですから。

2007年6月26日

小さな村からの大きな一歩 ~ 大宜味村の上映会

「大兼久さん、すごかったですよ。
300人近い人が集まって、みんなとっても感動していました」


沖縄本島北部の大宜味村(おおぎみそん)で
今夕、「ひめゆり」の上映会があった。
企画運営してくれた金城さんから、
プロデューサーの大兼久へ喜びの電話があった。
3000人の人口の約1割の方が来て下さった。


金城さんは、沖縄の慰霊の日の頃に
どうしても上映会をやりたいと、
これまで何度も事務局とやりとりしながら
この日に向けて準備をしてきた。
小さな村なので、当初は集客に心配もあったようだ。
そのぶん、喜びはひとしおだろう。


青年会、婦人会、、老人会、役場や教育委員会・・・
たくさんの人たちが一丸となって作った上映会だった。
小さな村でもこうした上映会ができるのだと、
事務局も一緒になって喜んだ。


大宜味村の皆さん、本当にありがとうございます。
僕らにとっても、ひめゆりのおばちゃんたちにとっても
大きな励みになります。
小さな村からの大きな一歩の始まりです。

2007年6月27日

目を見開いて知る

「ひめゆり」を記録中は、まさかこんなにも早く
当たり前のことが
当たり前でなくなる日が来るとは思っていなかった。


昨日、アメリカ下院外交委員会が、
旧日本軍の従軍慰安婦問題で
日本に公式な謝罪を求める決議案を採択。
この問題について、安倍首相は
「旧日本軍が従軍慰安婦の動員を強制した具体的な証拠はない」
とし、従軍慰安婦の強制性を否定している。


同じ理屈で、
沖縄で住民が軍の強制によって集団自決をした事実が
文科省の検定によって教科書から削除された。
それがいかに奇妙なことかは、
「ひめゆり」を見てもらえればわかる。


安倍さんのいう「美しい日本」は
ミートホープの偽装牛肉を「おいしい肉」と言うのと同じではないか。
腐った肉にいくら他のものを混ぜてごまかしても、本当のおいしさにはならない。
腐った根にいくら接木しても、美しい花は咲かない。


目を見開いて知ることって、自分が強くなることだと思いませんか。
ほんとうの意味で強く、美しくなりたい。
子供たちには、ほんとうに美しい国に生きてもらいたい。
僕はそう思います。
それが「自虐的」でないことは、
ひめゆりのおばちゃんたちの美しさを見てもらえれば
納得してもらえると思うのです。

2007年6月28日

心を解き放つ

富山の上映会のときの感想文が送られていた。
200部近い感想文を読ませていただく中で、
思わず、涙が出そうになったものがあった。


     最初20分間程度私の人生の中で、全く見たくない映画と思いましたが、
     第一章の終わり頃から 見え方が変わりました。
     77年間の人生の中でこれ程の事実のみの映画に出会ったのは初めてです。
     過去の戦争映画では、私は感情のみにのりなり、涙、涙でしてたが、
     今回は全く涙も出ず、ただ
     「鬼畜米英」、「捕虜となることの恥ずかしさ」、「天皇陛下の御恩」との言葉を思い出し
     当時15歳の自分を振り返り
     62年間の無念さが消えました。
                                (富山県 70代 男性)


わかりやすく解説すると、この方はいま77歳だと思う。
15歳の少年だった62年前から、ずっと無念の思いを抱いていたという。
おそらくその無念さというのは、
「鬼畜米英だ」などと教え込まれて、肉親や友人の命、自らの青春が消えてしまった、
その喪失への無念さだろう。
そうした悔しさが、ひめゆりのおばちゃんたちの言葉を聞くなかで、
自分の想いを代弁してもらったと思えたのだろう。
心が解放されて行ったのだという。


たぶん、この方の戦争中の体験や思いは、
誰にも話したことがないのだと思う。
聞く人もいなかったのだろう。
聞くほどの価値ある話だとも思われなかったのだろう。
でも、15歳という最も多感な時代の心の傷は
たとえ小さくても消えなかった。


ひめゆりのおばちゃんと同じ世代のこの方。
上映会場で直接お話をすることもなかった。
でも、この映画をみて心が解放されたと思う人がいる、
そう思うと、感無量だ。
そんな人が待っているのなら、たとえどんな遠い場所であろうとも
この映画を届けて行きたい。
そう思った。

2007年6月30日

あと2週間

「ひめゆり」の東京・ポレポレ東中野でのメイン上映も
残すところ、あと2週間となった。
多くの方々に支えられながら、ここまで上映を続けることができた。
感謝の気持ちでいっぱいだ。


去年の今頃は、劇場公開なんて思ってもいなかった。
作るのに精一杯で、どうやって見てもらうか、考える余裕もなかった。


見る人の感性を信じた映画。
話してくれたおばちゃんたちの言葉の力を信じた映画。
僕は仲介役に徹した。
そのことが、多くの人に受け入れられたのが、とても嬉しい。


さあ、今から朝まで眠って、またポレポレへ足を運んでみようと思う。
新たな出会いを求めて・・・・。

遠距離鑑賞

ほんとうに遠くから、わざわざ
東京の小さな劇場まで足を運んでいただく方々と出会い
恐縮することがある。


きょうは、岐阜県の飛騨高山からいらした方がいた。
「来てよかった、帰ったら皆に伝えます」
と感想を書き残して行って下さった。


僕がたまたま出会った中では、
秋田から来たという人が最遠距離だろうか。
若い人だった。
「秋田でも上映できるよう、声をかけてみる」
と言い残し、帰って行かれた。


その他、群馬、山梨、長野、千葉、神奈川、大阪・・・
僕が偶然に劇場にいて、声をかけられて気づいただけでも、
これだけ各地からになる。
ほんとうにありがとうございます。


ポレポレって、とても暖かく、雰囲気のよい劇場でしょう?
映画の内容だけでなく、ここに来て良かった、と思ってもらえるよう、
僕らなりに務めたいと思っている。


そうそう、忘れていたけれど、5月26日に上映が始まったときに
「ぴあ」の観客満足度ランキングという調査があって、
「ひめゆり」は堂々3位だった。
http://www.pia.co.jp/cinema/070531ranking.html
もちろん、サクラなんか用意していない。


ポレポレ東中野でのロードショー上映の終了まで、あと13日。


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