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大阪の若い人から届いたメールより

Coccoさんが大阪のFM番組で
金曜日に映画「ひめゆり」について話してくれた。
大阪の第七藝術劇場の上映には、ラジオ放送を聴いた
たくさんの若い人たちが観に来てくれた。
そして、こんなメッセージが届いた。


     こんにちは。
     今日、大阪の二回目の公演を見に行って、
     coccoのことと併せて感想をのべたトモエです。
     覚えていらっしゃいますか??


ちょっと解説すると、21日、22日の二日間は、
第七藝術劇場の支配人の松村さんの配慮で、
上映後、映画を観てくれた人と僕とゆっくりおしゃべりができる場を
別室に設けてくれた。
僕にとっては、映画を観てくれた方々と直接ゆっくり話せる、とてもありがたい機会だった。
トモエさんは、映画のあとも残って、おしゃべり会に参加してくれてた一人。


     あの時、本当に言いたいことを言えたかどうか、わかりません。
     ただ、若い人が、過去の悲惨な出来事から目を背けようとしていて、
     平和ボケしている事が、今の現状であることには、間違いないと思います。
     そして、私もその一人でした。
     coccoのラジオを聞くまで、私にとってあの戦争とは、「歴史」なのです。
     繰り返される「歴史」の戦い。例えば天下分け目の戦や、関が原の戦、
     その延長線上として、第二次世界大戦があります。


     学生の頃、夏休みにも関わらず終戦記念日に集合がかかって、
     戦争体験者の話を蒸し暑い体育館の中で無理矢理聞く、ってのがありました。
     あの頃は、ただただ、つまらない、と思っていました。
     それから、昨日まで、恐らく私の中でも、戦争は身近ではありませんでした。
     昨日、coccoの泣きながらの「ひめゆり」についての事を聞いて、
     私は、戦争が「歴史」から、「現実」に変わりました。


     coccoが、私を、過去と今を繋げてくれました。


     ひめゆりについて、知識はゼロ。名前と「戦争看護」というくらいでした。
     そんな私でも、ひめゆり学徒が、一体どんな事をしていたかというのが、
     痛いくらい分かりました。本当に、痛いくらい・・・・・。


     辛いことを思い出し、語ることの辛さ、覚悟、勇気。
     おばぁ達が、証言してくれた、たくさんの現実。
     そして、映像の無差別攻撃。


     其れを見て、私は、「何故?」がふえました。


     「何故」あんなに無差別に森を焼き、防空壕に爆弾を入れ、
     全てを壊滅させるほどの事をしたのか。
     「何故」沖縄だったのか。
     そして、
     そんな悲惨な状況にさせられたのに、
     「何故」今、米軍と共存している沖縄があるのか。


     其れは、今後、自ら学ぼうと思います。


     私には、そう思わせて頂いた映画でした。
     言葉で言えないケド感じる事を感じれました。


戦争が「歴史」から「現実」に変わったというトモエさんの言葉。
そこから生まれたたくさんの「何故?」。
この映画がそんな入口になったと聞き、伊丹空港でのこのメールを読んだ僕は、
疲れが吹き飛ぶくらい嬉しかった。
ありがとう。

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2007年07月22日 23:59に投稿されたエントリーのページです。

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