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2007年9月 アーカイブ

2007年9月 7日

希望の映画

「被爆者の話を聞き続けることが意味があるのだろうか、
そう悩み続けていたが、『ひめゆり』を観て少し胸のつかえが取れた気がする」
そうおっしゃってくださった方と出会った。
彼女は、被爆者と向き合い、証言を聞き、
毎年一冊の本にする活動をずっと続けているが、
果たして誰かに読まれているのだろうか、
むなしい作業になっているのではないか、という
底知れぬ絶望と無力感を抱えていらした。


知ること、そのことが亡くなっていった人たちの鎮魂につながる・・・。
聞くこと、そのことが「生きのびる」という辛いカセを負った人たちの心の開放につながる・・・。
彼女は、そんなことを、「ひめゆり」に感じて下さったのかもしれない。


こういう大事な作業をしている人たちが孤立しないように、何ができるのだろうか。


「ひめゆり」は「希望の映画」だと僕は思っている。
辛い記憶に向き合う人間の凛とした強さと美しさに引き込まれ
僕は撮り続けてきた。
さらに言えば、聞き知ることで、戦争を何も知らない自分自身も強くなっていける。


広島でのロードショー公開は、予想以上のお客さんに来ていただき
無事にスタートを切ることができた。
さまざまな方と出会うことができた。
ちぴぴさんの暮らす江田島(能見島)にも立ち寄ってから帰途についた。


東京の夜。窓の外では台風が接近してきている。
ガラスにすごい音を立てて雨がぶつかる。
この1年半ほど、ほとんど休むことができず、徹夜つづきで走り続けてきた僕の体を
きのう、きょう、少し、だら~っとさせた。
今の僕は「絞りきった雑巾」状態だが、 
   (水を与えればまだ快復可能・・・と思う)
「伸びきったゴム」状態にならないよう、気をつけたい。
雨よ降れ、涙を洗い流せ。

2007年9月 9日

ガード下の楽園

広島の横川シネマと出会って以来、
映画上映にたいする僕の考え方が、揺り動かされている。


何度か書いているが、横川シネマは
30代の若き支配人、溝口さんが、
切符もぎり、上映技師、入場整理係をすべて一人でこなしながら、
さまざまな個性あふれる作品を興行し、
地元の人たちからも「横シネ」の愛称で親しまれている。


場所は、広島の中心部からは離れ、
JRの鉄道高架橋のすぐ下、
いわば「ガード下」の劇場。
上映していると、JR山陽線や新幹線が通るたびに、
ガタンゴトンと音が響き渡る。
お客さんは最初は何の音なのか、いぶかしがるのが、
やがてその音にも慣れ、
現実と映画の世界との橋渡しをする一種の「効果音」のようになってくる。


さらにすごいことに、「ひめゆり」上映の初日は、
お客さんが多すぎたこともあってか、冷房装置が故障してしまった。
お客さんたちは映画館の中で「暑い暑い」と
チラシで扇ぎながら観ていた。
お客さん全員がウチワのようにパタパタとあおいでいる姿は壮観で、
僕は一生忘れることができないだろう。
でも、横シネという映画館が愛されているだけあって、
誰も文句も言わず
むしろ「寒すぎるより良いよ」と言いながら、
みな満足そうに出て来る。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


この横シネの上映に立ち会ったとき、
映画館で上映することの面白さをつくづくと感じたのだった。
映画は小屋に生かされるんだなぁ、
土地に根付いたその場所でやることに意味があるんだなぁと思った。


横川シネマに出会うまでは、
少しでも画質の良いスクリーンの、音質の良い空間で上映したい、
そんことだけを考えていた。
空調がどうなっているか、椅子はどうかも気になっていた。
もちろん、それらが良いことにこしたことはない。
けど、それよりも大切なことがあることに気づいたのだ。


横川シネマでは、最近、
横川の商店街を舞台にしたサスペンス映画が
市民の手で作られて上映されたこともあるという。
手作り映画に多数のお客さんが詰め掛け、
横シネという場を支えてもいる。


ひるがえって考えたとき、
今年3月に、沖縄・桜坂劇場で「ひめゆり」が上映されたとき、
上映ホールの真上で催されたフラメンコ公演の靴音が
ガタガタと鳴り響くことについて
極度にナイーブになって文句を言っていた自分が
恥ずかしくなる。


桜坂劇場という、横シネと同じように土地の人々に支えられる空間があるからこそ
「ひめゆり」も羽ばたいていくことができた。
良くも悪しくも、そういうフラメンコの靴音も含めて
これが劇場なんだなぁと。
いま思えば、あのフラメンコの靴音も最高の効果音だった。

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●横川シネマのロードショー上映は、おかげさまで好評につき、期間が延長された。
  詳しくは、横シネのホームページまで。

    なお、空調については数日前に修理が終わり、「快適に」(?)観られるという。
    「電車」の効果音は、もちろん、今も堪能できる。

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追伸 きのう、きょうと久しぶりにポレポレ東中野に行ってきた。
    短いトークをし、映画を観終わったお客さんたちと話しをした。
    8月15日、16日のCoccoさんたちとの上映会にも参加したという若い人たちが何人かいて、
    「2度観ると、もっと深く感じられる」と言ってくれたのが、
    とてもうれしかった。
   

2007年9月11日

話を聞くということ : 「フィンランド・森・妖精との対話」から

「ひめゆり」の撮影は、どこで話を聞くのかに、僕たちは
とてもこだわった。
家の中ではなく、戦場だった現場に行ってもらい
そこで具体的に話してもらうことに徹した。


この一年半、全力で製作してきたNHKスペシャル
「フィンランド・森・妖精との対話」でも、
“話を聞く”こととはどういうことか、とても考えさせられた。


そのことについて、短い文章を書いたので、
興味のある方は読んで欲しい。


  ◎「フィンランド・森・妖精との対話」 撮影裏話


ちなみに、この番組は、90分版(フルバージョン版)が、明日の夜、
NHKのハイビジョンで再放送される。


    ■世界里山紀行 「フィンランド・森・妖精との対話」
        再放送予定:2007年9月12日(水) 23時25分~(BSハイビジョン)(90分版)


また、同じ「世界里山紀行」シリーズの、中国・雲南編も制作を担当。
こちらは、今晩、再放送の予定。


    ■世界里山紀行・「中国・雲南・竹とともに生きる」
        再放送予定:2007年9月11日(火) 23時25分~(BSハイビジョン)(90分版)


雲南のものは、僕はプロデューサーを担当。
ずっと付き合いのあった若い中国人のディレクター、カメラマンに取り組んでもらい、
僕は、ベテラン・カメラマンの山元さんとともに、傍から支えつづけた。
NHKスペシャル史上、中国人ディレクター・カメラマンによる作品は
初めてではないかと思う。
そうした共同制作の場を作れたことを誇りに思っている。

2007年9月17日

話を聞くということ(2) 広島のKTさんから

プロデューサーの大兼久(おおがねく)が、昨日から今日にかけて
広島に行ってきた。
沖縄出身の彼女にとって、初めて訪れた広島は
共感することがいっぱいだったという。


大兼久が、横川シネマで、
初日(9月1日)に「ひめゆり」を観たという女性、KTさんから、
感想を書いたメモを手渡されてきた。
KTさんは、広島市在住の年若い主婦。
最近になって、被爆者の方々の体験を聴くことに関心を持つようになっているという。


KTさんは、「ひめゆり」で、
「体験を現場で聞くことにこだわった」ということに衝撃を受けたという。


そのことを中心に書いてくれた、KTさんの感想をご紹介したい。

http://www.himeyuri.info/opinions/kt-hiroshima.html



2007年9月21日

英語版の悩み

昨日、文化庁映画賞で、「ひめゆり」が大賞を受賞したと発表された。
ひめゆりのおばちゃんたちの勇気の賜物だと思う。


「ひめゆり」の英語版を作って欲しいという声を
あちこちで聞く。
海外でも上映して欲しいという。
プロデューサーの小泉さんからも、強く勧められている。
もちろん、僕も作りたいという思いはある。


でも、どうやったら、「ひめゆり」を海外の人にも理解でき、
かつ魅力的な映画として成立させられるのか、
正直言うと、僕はよく分からないでいる。
とても悩んでいる。


たとえば、

    ①あの証言を英語に直すとき、「ふきかえ」にするのか、
     それとも「字幕」にするのか。


    ②日本語版では、沖縄の歴史や地理などについて、
     「いわゆる解説的な説明はいっさい省く」、という表現を敢えて行った。
     では、海外で上映するとするとなると、最低限の解説が必要とも思えるが
     どうしたらいいのか。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


10月に行われる山形国際ドキュメンタリー映画祭にも招待されたが
結局、英語版をつくる決断ができず、残念ながら辞退した。
しかし、文化庁映画祭の大賞を受賞したことで、
海外版としての展開をますます求められると思う。


このブログを読んでいる方で、
英語版として展開するとしたら、
何をあきらめ、何を加味すればよいのか、
良いアドバイスがあれば、ご意見をお寄せください。


    一方で、ま、あわてず、
    戦前編、戦後編を作ってから考えてもいいかなぁ、
    という思いもあるのではあります・・・・。


2007年9月22日

「フィンランド 森・妖精との対話」 英語版へ

前回、「ひめゆり」の英語版をめぐっての悩みを書いた。
その前に、まず、NHKスペシャルで放送した「フィンランド・森・妖精との対話」を
英語版にする作業をすることになった。


NHK制作統括のMさんは「絶対に欧米のコンクールで受賞したい」という。
そのために、ヨーロッパの数々の名作ドキュメンタリーに携わってきたイギリス人スクリプターのJさんと、
たいへん鋭い感性を持つ翻訳者のSさん(BBC自然ドキュメンタリーで世界的に知られるアッテンボロー卿からも厚く信頼されている)がスタッフに加わり、
ディスカッションが始まった。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


イギリス人のJさんから、2つの根本的な問題提起があった。

    ①NHKの番組は、情報を抑制することで「感じてもらう」という手法を取っているが、
     欧米人の感覚では、もっと映像の背後にある「情報を知りたい」。

    ②キリスト教文化の人から見ると、
     フィンランドの人々が持っているアニミズム的な感覚、
     すなわち、「木の精」や「森の精」と対話したり、
     木の魂と交流するために木を抱いたり、
     熊を殺してその魂を天に送り返すという行為は、
     異端に思えてしまう。
     イギリスでは、かつて土着のケルト人たちが持っていたアニミズム的感覚を
     抑圧し、圧殺しつづけてきた精神文化の伝統がある。
     もし、登場人物がアジア人やネイティブ・インディアン、あるいは黒人であったら、
     「そんな文化もあるんだな」ということで、イギリス人視聴者も済ますことができるが、
     同じ白人がアニミズム的な行為をすることについては
     理由をきちんと説明しないと、イギリス人の中には嫌悪感を示す視聴者も多いと思う。


Jさんからの指摘を受けて、文明の違いということを改めて考えされられた。
9月11日のブログでも書いたが、( 「フィンランド・森・妖精との対話」 撮影裏話
フィンランド人の主人公の一人、オッリさんが抱いていた不安、つまり
「日本人には理解されるかもしれないが、近くの人には奇妙なもとの思われ、理解されないのではないか」という心配は、
よくよく注意しないと、現実のものになってしまう、とJさんは言うのだ。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


「自らが絶対正しい」というキリスト教文明の人たちに対して、
アジア的なアニミズムの宇宙観がどこまで受け入れられるのか。
「フィンランド・森・妖精との対話」の英語版制作の作業は、
「文明の衝突」から
「文明と文明との橋渡し」へ、という意味合いを帯びてきた。


イギリスの映像界で著名なJさんとしては、
少なくとも自分が納得できないと世に出せないというプライドもある、という。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


この作品を観終わったあと、イギリス人(欧米人)たちの中に
「自分たちが長い歴史の中で否定してきたアニミズム的な文化の中に
実は、自然と人間との関わりの未来を考える上で大事なものがあるんだ」
と気づく人が現れるだろうか。
そうあって欲しい・・・・。


そんな思いを抱えながら、プロジェクトは始まった。
とてもチャレンジングだ。

 

2007年9月24日

女子高生の書き込みが発端だった「長岡アジア映画祭」

生まれて初めて、新幹線の「グリーン車」なるものに乗った。
あの、芸能人や野球選手、会社の重役たちが乗る車両だ。
新潟の長岡アジア映画祭に招かれ、チケットが送られてきたのだった。
この映画祭、てっきり行政の肝いりかと思って出かけて行ったら、
驚いたことに、完全に市民たちのボランティアによる手作りの映画祭だった。
行政からの協力は、会場を貸しているだけという。


そんな素敵な映画祭に、僕ごときが行くにあたり
グリーン車のチケットをいただくのはもったいない・・・。
そう申し上げたら、実行委員のIさんが
「昔、ご高名な評論家の先生を招いたとき、グリーン車をと言われ、学習したのです」
という。
でも、僕とその先生では、格が違います・・・・。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


長岡アジア映画祭は、アジア各国の最新のすぐれた映画25作品を
集めて上映していた。
これだけまとまった形で、スクリーンでアジアの秀作映画を観れる場は
数少ないと思う。
たくさんのお客さんで賑わっていた。


23日は、ゲストとして、僕のほかに
「酒井家のしあわせ」の監督、呉美保さんと、主演の森田直幸君が参加。
「酒井家のしあわせ」は、家族の日常をまるで覗き見するような感覚で
切なくユーモラスに描いている力作だった。
29歳の呉監督、すごいなぁ。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


ところで、数々のアジアの名作の中で、なぜ「ひめゆり」を上映することにしたのか、
僕はかねてから不思議だったので、実行委員長の菅野さんに尋ねてみた。
すると、驚いたことに、きっかけは女子高生の掲示板への書き込みだったという。


    私(菅野さん)が「ひめゆり」という作品を知ったのは2月か3月頃に、
    新潟のミニシアター、シネウインドのHPの掲示板にて
    沖縄に修学旅行に行った女子高生の書き込みからでした。
    「ひめゆり資料館に行きとても興味を覚えました、
    『ひめゆり』という映画があると知ったので上映してほしい」
    というもので
    それで調べて東京に住んでる実行委員に観ていただき、
    感想を聞き、上映をお願いした次第です。


招待のきっかけが、若い女子高生の書き込みだったことを知り、
びっくりもし、嬉しくもあった。


  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~  ◇  ~


長岡は、地震被害のあった柏崎・刈羽とも近く、
実行委員の中には家屋が全半壊したという人も何人かいらした。
「つらいけど、これだけ壊れちゃうと、かえって笑っちゃうんだよね。
これまでボケていた親父が地震をきっかけに意識がしっかりしたりして、
どんよりとして家族の空気が、風通しよくなった」
そんなたくましい声を聞いた。


一方で、2004年10月の中越地震で山古志村から移住せざるを得なかった人たちの
心のケアに取り組んでいる女性たちもいた。
地震⇒破壊⇒移住という苦難はたくましく乗り越えても、
その後、じわじわと心の中に広がってくる心的外傷。
彼女たちが、「ひめゆり」を励ましの映画として受け止めてくれたことが
僕にとってはとても光栄なことだった。


奥ゆかしい長岡。
とても一度では理解できないことが多い。
また行ってみたい。


2007年9月28日

明日、県民大会

明日、沖縄の宜野湾市で
  (去年、Coccoさんの沖縄初ライブがあった場所だ)
沖縄県民大会が開かれる。


政治の立場や 職場の上下の区別なく、
沖縄県民が心を寄せて集まる。


目的は、
「沖縄戦の住民の集団自決に軍の関与はなかった」とする
文部科学省の教科書検定意見の
撤回を求めて。


僕も、身は東京にあるが、
心は、あの海辺の会場へと羽ばたく。


来年の教科書検定では、何としてでも
歴史を歪曲した検定意見を撤回してもらいたい。


何度も言うが、つらい過去を正しく知ることは、
「自虐的」なことではなく、
自らを強く美しくしていくことなんだ。

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