前回、「ひめゆり」の英語版をめぐっての悩みを書いた。
その前に、まず、NHKスペシャルで放送した「フィンランド・森・妖精との対話」を
英語版にする作業をすることになった。
NHK制作統括のMさんは「絶対に欧米のコンクールで受賞したい」という。
そのために、ヨーロッパの数々の名作ドキュメンタリーに携わってきたイギリス人スクリプターのJさんと、
たいへん鋭い感性を持つ翻訳者のSさん(BBC自然ドキュメンタリーで世界的に知られるアッテンボロー卿からも厚く信頼されている)がスタッフに加わり、
ディスカッションが始まった。
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イギリス人のJさんから、2つの根本的な問題提起があった。
①NHKの番組は、情報を抑制することで「感じてもらう」という手法を取っているが、
欧米人の感覚では、もっと映像の背後にある「情報を知りたい」。
②キリスト教文化の人から見ると、
フィンランドの人々が持っているアニミズム的な感覚、
すなわち、「木の精」や「森の精」と対話したり、
木の魂と交流するために木を抱いたり、
熊を殺してその魂を天に送り返すという行為は、
異端に思えてしまう。
イギリスでは、かつて土着のケルト人たちが持っていたアニミズム的感覚を
抑圧し、圧殺しつづけてきた精神文化の伝統がある。
もし、登場人物がアジア人やネイティブ・インディアン、あるいは黒人であったら、
「そんな文化もあるんだな」ということで、イギリス人視聴者も済ますことができるが、
同じ白人がアニミズム的な行為をすることについては
理由をきちんと説明しないと、イギリス人の中には嫌悪感を示す視聴者も多いと思う。
Jさんからの指摘を受けて、文明の違いということを改めて考えされられた。
9月11日のブログでも書いたが、( 「フィンランド・森・妖精との対話」 撮影裏話)
フィンランド人の主人公の一人、オッリさんが抱いていた不安、つまり
「日本人には理解されるかもしれないが、近くの人には奇妙なもとの思われ、理解されないのではないか」という心配は、
よくよく注意しないと、現実のものになってしまう、とJさんは言うのだ。
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「自らが絶対正しい」というキリスト教文明の人たちに対して、
アジア的なアニミズムの宇宙観がどこまで受け入れられるのか。
「フィンランド・森・妖精との対話」の英語版制作の作業は、
「文明の衝突」から
「文明と文明との橋渡し」へ、という意味合いを帯びてきた。
イギリスの映像界で著名なJさんとしては、
少なくとも自分が納得できないと世に出せないというプライドもある、という。
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この作品を観終わったあと、イギリス人(欧米人)たちの中に
「自分たちが長い歴史の中で否定してきたアニミズム的な文化の中に
実は、自然と人間との関わりの未来を考える上で大事なものがあるんだ」
と気づく人が現れるだろうか。
そうあって欲しい・・・・。
そんな思いを抱えながら、プロジェクトは始まった。
とてもチャレンジングだ。