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長岡映画祭からの嬉しい便り

長岡アジア映画祭の実行委員の方々から、嬉しい便りが届いた。

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柴田昌平様
 前略 お世話になっております。
 この度はお忙しい中、時間を割いていただき『第12回長岡アジア映画祭』にお越しいただきまして誠にありがとうございました。
お陰様で映画祭が無事に終了致しましたことをお伝えします。
「ひめゆり」は今回の映画祭で最も反響が大きかった作品となりました。
それも作品はもちろんですが上映後に柴田監督のお話しによるものが大きかったと確信しています。
 また柴田監督のお人柄に大変魅了しましたことをお伝えします。
 大兼久様との事前の電話で柴田監督は口下手な方だと聞いていましたが、お会いして全然違う方だったのが予想外でした。
 大変礼儀正しくそのお気遣いの出来る言葉とともに話口調に魅了されていました。
 今年、個人的に最も出会って良かった人だと、舞台上、舞台裏の姿を間近で拝見させていただきました。
 こんな裏話を当会の関矢事務局長が話していたのですが、打ち上げの席「関矢さん、市民映画館をつくる会ってもう出来てるじゃないですか」と柴田監督が伝えたと。
これを聞いて、私、菅野は本当に泣いてしまったことを白状します。
 関矢事務局長はたった半日いてわかっていただいたことを賞賛していましたが、日々の活動を少しでも認めていただいたことを大変嬉しく感激しました。
 実は大林宣彦監督の「日日世は好日 巻の2」という著作に当時記録係の呉美保監督と当会について書いてる件があるのですが、大林監督は当会について柴田監督と同じことを書いてます。それもちょっと驚きました。
 また当日はドタバタをしていて後から質問というか意見を柴田監督に聞きたかったことがありました。
 「ヒロシマナガサキ」をシネ・ウインドで鑑賞したのですが、こちらも後世に残すべき意義深いドキュメンタリーだと思いました。監督が日系ということに関係があるかもしれませんが、原爆投下後の凄惨な惨状をアメリカ人にあえて知ってもらうために目を背けたくなるような(でも背けていない)被爆者の姿を収めています。投下直後の全身ケロイド状になった男性が今も存命で証言してることに生命力の強さを感じました。
 「ひめゆり」はおばぁ達の証言を積み重ねて、その語る内容が凄まじい惨状を鑑賞者に想像させる手法を取り、鑑賞後はおばぁの逞しい言葉に未来への希望を感じさせてくれます。
 どちらも戦争をテーマにしながらも惨状を見せることと見せないことで表現方法は違っているのですが、もし「ヒロシマナガサキ」を監督がご覧になられていたら表現方法の違いや感想について知りたかったです。
またお会い出来る機会がありましたら教えてください。
 当日、稲刈りで来れなかった当会会長の高橋が収穫しましたお米をお送りします。ぜひお召し上がり下さい。またトークを納めたDVDとお客様が感想を書いていただきましたアンケートを同封します。いつもは別紙に書き起こすのですがお客様の筆跡で「ひめゆり」への思いが強く伝わるのではないかと思いコピー致します。目を通して頂けましたら幸いです。特に「私はまだまだ~」で始まる中学生の感想は深いと思いました。
以上、ぜひまたいらして下さい。あと「ひめゆり」英語字幕をぜひ制作いただき世界の方に見ていただきたいと思っています。
 改めてありがとうございました。監督、奥様の益々のご活躍を祈念致します。 草々

市民映画館をつくる会 会長  高橋芳昭
第12回長岡アジア映画祭 実行委員長 菅野勝一


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この他、たくさんの方々からのお手紙も同封されていて
皆さんの想いの深さに、心打たれた。


お一人、お一人にお返事を書く余裕もなく、この場を借りて
感謝の気持ちを申し上げたい。


それにしても、何としっかりとした映画祭なのだろう。
「上映したら終わり」ではなく、その後、みんなが何度も集り
想いを交換し、心に刻んでいった様子が目に浮ぶ。
映画に対する皆さんの情熱を知り、
この映画祭に招かれたことを心より光栄に思うとともに
いつまでも映画祭がつづき、魅力ある監督たちが
つぎつぎと長岡を訪れることを願って止まない。


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「ヒロシマナガサキ」、についての質問があった。
かの作品、僕もとても力作だと思う。
「ひめゆり」との違いについて聞きたいという問いだった。
僕なりに簡単に答えると、
「誰に見せようと思って制作したか」の違いが
表現の差になったのだと思う。


「ヒロシマナガサキ」は全米の視聴者、全世界の人々への壮大なメッセージとして
オカザキ監督が渾身の力をふりしぼって作った超大作。
監督の立ち位置は、一種の「神の視点」。
歴史を俯瞰する大きな視点で、証言を記録し、
資料映像を集め、編集をしたように感じる。


「ひめゆり」は、きわめて特定の観客をイメージして作品を紡いだ。
亡くなった222名の少女、そして生き残った元学徒の皆さんに観てもらいたい、
その心に寄り添いたい、それだけを願って制作した。
だから、凄惨な場面を三人称的に見せることはしなかった。


「ひめゆり」では、僕は「監督」というより「仲立ち(なかだち)」だと思っている。
亡くなった少女と、生き残った人たちとの間の「仲立ち」。
生き残って証言してくれた人と、若い世代の人たちとの間の「仲立ち」。
言葉を客観的な素材として捉えず、
言葉と想いをいかにそのまま伝えていくかを模索しつづけた。

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2007年10月31日 21:38に投稿されたエントリーのページです。

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