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北海道へ

ふだん僕は飛行機に乗ると、離陸も着陸もわからないぐらい、眠りこける。
疲れのたまっている僕にとって、飛行機は安眠の場なのだ。
が、昨日の、東京から札幌へ向かう機内では、一睡もできなかった。
わくわくする気持ちと、緊張する思いとがあって、前の晩から眠れなかった。


その理由は二つ。


僕は、札幌の街外れの小学校を卒業した。
その後、東京の中学校へと転校した。
30数年ぶりの札幌。
どんな風になっているのだろう、人生の思い出の欠片が見つかるだろうか、
そんな期待感があった。


もうひとつは、北海道と沖縄戦との関係。
沖縄戦では、北海道出身の方々の犠牲者がとても多い。
平和の礎」に刻まれているだけで1万人以上。
沖縄県民に次いで、北海道の人の犠牲が多いのだ。
3番目は福岡県出身者4千名余りだから、北海道の多さは桁外れ。
沖縄戦の死者の20人に1人は北海道の人だった。
北海道・東北の人を中心に、ひとつの師団(第24師団)が編成され、
最前線に投入された。
「棄民」のごとく、殺されるべき運命を背負わされたのだった。
『ひめゆり』では、北海道出身の兵隊さんと、女学生との交流が語られている。


北海道での上映では、きっと沖縄戦で亡くなった方のご遺族に出会うのだろうと
心して出かけて行ったのだ。


その通りだった。


昨日、岩見沢のお寺、廣隆寺さんの企画・主催による上映会。
上映後、男子学友のほとんどを沖縄戦で亡くしたというご婦人に出会った。
「その悔しさが忘れられず、この上映会にやってきました」
80歳のご婦人の瞳には、亡き学友たちの姿がいまも映っていた。


それにしても、心あたたまる上映会だった。
廣隆寺の住職、廣瀬さんご一家は、10年ほど前に、ひめゆり学徒生存者の
宮城喜久子さんと出会ったことをきっかけに、沖縄や広島などを結んでの平和活動を行ってきた。
門徒さんや地元の学校をうまく巻き込んでいる。
昨日は、『ひめゆり』上映後に
立命館慶祥中学・高校(江別市)のコーラス部員によるミニコンサートがあった。
「別れの曲」「さとうきびの歌」など、美しいハーモニーが奏でられた。
映画を観終わった人たちの心に、歌声はあたたかい灯のように響いたと思う。


歌ってくれた高校一年生の女の子が言った。
「歌う直前に『ひめゆり』を観て、みんなの歌い方が変わりました。
 やさしく、包み込むような歌い方をしたいと、みんなで話し合った。
 歌いたくても、戦争で歌えなかった人たちの思いを包み込むように・・・」
みな、とっても素敵なことを学んだんだね。

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2007年12月 9日 23:59に投稿されたエントリーのページです。

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