« 2008年2月 | メイン | 2008年4月 »

2008年3月 アーカイブ

2008年3月 1日

番組のご案内 「茶馬古道」

今年新年早々、1月1日から編集をしてきた番組がようやく完成した。

NHKハイビジョン特集  『茶馬古道』 全2回シリーズだ。

放送は、BSハイビジョンで、
第一回 3月2日(日)夜7時~8時49分 「交易キャラバンが行く」
第二回 3月3日(月)夜8時~9時49分 「命の道 祈りの道」


圧倒的な映像の力で、人が生きていくことの根本を問いかける。
「自給自足」という概念をふっとばし、
人は他者に頼らないと生きていけないこと、
命と命とを支えあうキャラバンの姿を、
中国、チベット、ネパールに訪ねた番組。
(NHKと韓国KBSの国際共同制作)


ハイビジョンを持っている方、ぜひ観てみてほしい。

2008年3月 8日

スイスでの定期上映

沖縄市のくすぬち平和文化館に続いて、
『ひめゆり』の定期上映をする場が生まれた。
場所は、なんと、ヨーロッパのスイス。
永世中立国であり、平和や安寧を求めて多くの人が頼った国だ。


僕の学生時代からの友人、ルエグ木原さやかの家を利用した
超ミニのホームシアター (最大で3人)。
信頼できる上映拠点が沖縄市に次いで、平和にゆかりある地に生まれたことが、とてもうれしい。


以下は、さやかによる案内文だ。


  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇ 

皆様
今日はホームシアターへのお誘いでメールを差し上げます。

学生時代からの友人の柴田昌平監督が、長編ドキュメンタリー映画”ひめゆり”を2006年に作成しました。内容的に商業ベースにはのらないので、観たいという人の”声”をもとに上映を展開しています。13年間かけてひめゆり学徒隊の生存者と向き合ってきた”命“の証言の記録、”ひめゆり”、重厚な作品です。
http://www.himeyuri.info/


彼は一浪して東大法学部に入ったのですが、途中で文化人類学に転部。就職はMedia志望で、朝日新聞を写真部で受験しようとしていた時に、以前朝日新聞に勤めていた私の父に、映像をやるならNHKでしょうと諭され受験。役員面接まで短パンででかけようとしていた。と学生当時は個性派、今は仕事には厳しく、二人のお嬢さんには優しい45歳です。


NHKも沖縄放送局から東京本社に戻って退社、今はプロダクションを設立して活動しています。NHKを自分からやめたということで苦労も多いようです。それでもおととしはその力量をかわれ、NHKスペシャル「新シルクロード」を2本担当しました。また去年8月のNHKスペシャル「世界里山紀行」も、フィンランド、雲南編は柴田君のプロダクションが製作しました。
http://www.asia-documentary.com/


去年3月24日の沖縄でのロードショー以降、各方面で暖かく迎えられています。5月10日に天声人語で紹介された後の東中野での東京公開も反響がおおきく、その後全国で劇場上映、自主上映がおこなわれています。
http://www.himeyuri.info/tenseijingo.html


いくつか賞も受賞しました。
   JCJ(日本ジャーナリスト会議) 特別賞
   文化庁映画大賞(文化記録映画部門) 大賞
   キネマ旬報ベスト・テン(文化映画) 第1位
   日本映画ペンクラブ(文化映画部門)ベスト1
   全国映連賞、監督賞
   高崎映画祭 特別賞
   日本映画復興会議 奨励賞


この作品をひとりでも多くの方に紹介してゆくことを、私のライフワークとしています。スイスでの上映は当面ホームシアター形式でおこないます。いつの日か大きな会場での上映会を実現させたいと願っています。この映画はDVD化はせず、上映のみで展開しています。著作権等諸事情がございますので、海外での上映、ホームシアター形式は今のところスイスのみとなっています。


本編2時間10分プラス監督挨拶15分を、我が家で静かな環境でみられる曜日は
   月、木、金の朝8時30分から13時30分、随時開始(16時までに終了)

ご興味がおありでしたらご連絡下さい。1回に3名までお席の準備ができます。勿論おひとりでもかまいません。3月19日から4月19日までは里帰りで留守しておりますが4月下旬以降も上映会は随時受けつけます。 土日、夜の上映についても可能性はございますので、ご相談下さい。

“ひめゆり”の上映に際しては上映費(10フラン)、映画資料パンフレット(10フラン、これは任意)をいただいています。ご了承下さい。 これは配給先のプロダクションエイシアに届け、今後の証言の記録に役立ててもらいます。

また日本のご家族、友人の方に“ひめゆり”の情報を転送していただけたら嬉しいです。


ルエグ木原 さやか (Baden近郊 在)
Sayaka Rüegg-Kihara
Heitersbergstr. 12
5443 Niederrohrdorf
himeyuri@@@himeyuri.ch

  (注)連絡するときは、「@@@」を「@」に直してから送ってください。


  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇


さやかによると、周りに強力な応援団も生まれつつあるようで、
上映後”ひめゆり”のスイスでの今後の上映展開を語り合っているという。
最大で3人という超ミニシアターだけど、ここを拠点に
日本人学校や、スイス人の学校への上映展開も考えているらしい。
スイスの皆さん、ほんとうにありがとう。

2008年3月11日

東京大空襲のドラマを観て

娘たちとともに、
東京大空襲をあつかったTBSのドラマを観た。
ドラマの内容が史実をどれぐらい反映しているかどうかは、僕にはいま判断できないが、
8歳になる次女に大きなインパクトを与えたことは確かだ。


幼い子供たちが空襲で亡くなっていく、それを助けようとする一人の警官。
この警官には疎開させている子がいる。父親である。
にもかかわらず、、見ず知らずの子供を助けようとして自らの命を投げ打った行為に
次女は大きな驚きと感銘を受けていた。
「石にしがみついても生きろと他人には言っていたのに
 何で知らない子供を助けるの?
 自分に子供がいるのに、
 死んじゃったら意味ないじゃない・・・」
と泣きながら観ていた。


見ず知らずの子供であろうと身を投げ打って助ける行為の背後には、
きっと、いつか自らの子供に何かがあったとき、他者が同じように助けてくれるという
確信があったのだろう。
人と人とのつながりについて、深い信頼があった。
だから自分の子供のことだけを考えるという、狭い愛情に拘泥しなかった。


次女に、今もイラクやパレスチナなどで戦争が起こっていることを言ったら、
びっくりしていた。


次女は、泣きながら床についた。
そして言った。
「戦争なんて言葉がなければいいのに。
 大きくなったらたくさん子供を産む。
 そして子供たちに、戦争がなくなるための仕事をしてもらう」
と。

2008年3月19日

彼岸を前に

「あしたは死んだ人とお話をする日でしょう?」
彼岸を前に、8歳の次女が言う。
「東京のご先祖様と、沖縄のご先祖様と、
 戦争で亡くなったすべての人にお祈りをしたい」
と言う。
東京大空襲のドラマを観て以来、
色んな人の犠牲の上に自分の命があることが
次女にとっては切なく、いとおしいようだ。


天気予報によると明日は大雨。
お墓参りは無理かなぁ。

2008年3月24日

新潟 シネ・ウインド

土曜日から、新潟・市民映画館シネ・ウインドでの劇場公開が始まった。
僕も、忙しかったNHKの仕事が終わり、日曜から今日まで、新潟に行ってきた。


「市民映画館シネ・ウインド」は23年の歴史をもつミニシアター。
年会費6千円余りを支払って「市民映画館」を支える会員が
4千人もいるという。驚いた。
日常的に映画館の運営を支えるボランティアが100人ほどいて、
毎月とても立派な会報「月間ウインド」を全会員向けに発刊している。
新潟の人らしい気概を感じた。


今回の新潟行きは、地元の新聞やラジオなどのメディアでの
キャンペーンもひとつの目的だった。
記者もパーソナリティの人たちも、事前にしっかり映画を観てくれていて、
僕のつたない話をうまく引き出してくれた。


皆さん、ほんとうにありがとう。
新潟近郊の方、ぜひシネ・ウインドへ足を運んでみてください。

2008年3月29日

大江健三郎さん勝訴

判決をきいて、ほっとした。
と同時に、今のメディアの「おそろしさ」がますます身にしみる。
S新聞は、「軍命令の有無という肝心な論点をぼかした分かりにくい判決」と批判し、
控訴審を見守りたいと圧力をかける。
Y新聞は、「集団自決判決 『軍命令』は認定されなかった」と
大きな見出しをつけて社説を書いている。
いずれも沖縄戦の本質をぼかそうとするメディアの横暴と僕は考える。


映画「靖国」をめぐる自民党国会議員の動きも含め、
危惧すべきことがつぎつぎと起こっている。


歴史を歪曲しようとする人たち、
汚いことばは使いたくないが、この勢力に対しては
「卑劣だ」と心の底から怒りがこみ上げる。

日本映画復興賞

後楽園球場のすぐ近く、文京区民会館の小さな飾り気のない会議室に、
俳優の三国連太郎さん、『パッチギ』の井筒監督、
岩波ホール支配人の高野悦子さん、『日本の青空』の大澤監督、
『陸に上がった軍艦』の山本監督など、錚々たる顔ぶれが集まった。
日本映画復興賞の授賞式だった。


日本映画復興会議は1961年にスタート。
1958年をピークに日本の映画産業が急カーブで下降線をたどる中、
映画表現の自由獲得や、日本映画の復興をめざして、
映画を作る側と、見せる側とが共同で活動をしてきた。
初代議長は、奇しくも、『ひめゆりの塔』の今井正監督だったという。


今井正監督の『ひめゆりの塔』(1953年、津島恵子・香川京子主演)から50年以上を経て、
僕たちのドキュメンタリー映画『ひめゆり』は、世に出た。
創られた映画から、ひめゆりの生存者自らが語る映画ができるまで
これほどまで長い歳月が必要だった。
沖縄戦の遺(のこ)した心の傷。
「生き残ってしまって申し訳ない」 「忘れたい」
心の葛藤をへて紡がれた、ひめゆりのおばちゃんたちの言葉。
こうして評価されたことを嬉しく思っている。


  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇ 

【授賞理由】
    貴方は戦争末期の沖縄戦におけるひめゆり女子学徒たちの悲劇を
    長年にわたって取材 長編記録映画『ひめゆり』を完成
    生存者の強烈で胸を打つ証言によって 戦争の悲惨を的確に
    印象づけました その功績を讃え 今後一層のご健闘を期待して
    頭記の賞を贈ります

2008年3月30日

高崎映画祭(1)

こまやかな気配りと愛情に満ちた場に招かれ、
体の奥底に溜まっていた疲れや緊張が解けていくようだった。
高崎映画祭で特別賞をいただき、
授賞式に行ってきた。
心のこもった式典だった。


【授賞理由】
    長い年月をかけて丁寧に撮られ編集されたこの作品には、
    それだけに戦争の痛ましさと命の重みが冷静に紡がれ、
    人間が忘れてはならない事が詰め込まれている。
    映像力で説き伏せるのではなく、人が人へ伝える作業を
    映像が手助けした逸品とも言えるだろう。
    ドキュメンタリー作品としての構成力と伝導力に優れた名作
    でもある。


僕だけでなく、受賞者それぞれに、しっかりと考え抜かれた授賞の言葉が贈られ、
みな、喜びひとしおだったと思う。
詳しくは、また後日。

  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇  ~  ◆  ~  ◇ 

なお、高崎映画祭での『ひめゆり』の上映は、
4月5日(土)朝10時から、高崎市文化会館にて。 (日程表はこちら
この日、僕もまた行きます。

About 2008年3月

2008年3月にブログ「大道映画人」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2008年2月です。

次のアーカイブは2008年4月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。