後楽園球場のすぐ近く、文京区民会館の小さな飾り気のない会議室に、
俳優の三国連太郎さん、『パッチギ』の井筒監督、
岩波ホール支配人の高野悦子さん、『日本の青空』の大澤監督、
『陸に上がった軍艦』の山本監督など、錚々たる顔ぶれが集まった。
日本映画復興賞の授賞式だった。
日本映画復興会議は1961年にスタート。
1958年をピークに日本の映画産業が急カーブで下降線をたどる中、
映画表現の自由獲得や、日本映画の復興をめざして、
映画を作る側と、見せる側とが共同で活動をしてきた。
初代議長は、奇しくも、『ひめゆりの塔』の今井正監督だったという。
今井正監督の『ひめゆりの塔』(1953年、津島恵子・香川京子主演)から50年以上を経て、
僕たちのドキュメンタリー映画『ひめゆり』は、世に出た。
創られた映画から、ひめゆりの生存者自らが語る映画ができるまで
これほどまで長い歳月が必要だった。
沖縄戦の遺(のこ)した心の傷。
「生き残ってしまって申し訳ない」 「忘れたい」
心の葛藤をへて紡がれた、ひめゆりのおばちゃんたちの言葉。
こうして評価されたことを嬉しく思っている。
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【授賞理由】
貴方は戦争末期の沖縄戦におけるひめゆり女子学徒たちの悲劇を
長年にわたって取材 長編記録映画『ひめゆり』を完成
生存者の強烈で胸を打つ証言によって 戦争の悲惨を的確に
印象づけました その功績を讃え 今後一層のご健闘を期待して
頭記の賞を贈ります