高崎からの帰り道、電車に乗りながら書いている。
駅で買った駅弁(鶏めし)を食べながら、
この弁当のあり方と、高崎の人たちのあり方が
似ているなあと思う。
高くない弁当だけど、鶏そぼろ、鶏肉焼き、照焼等、
ひとつひとつの具がしっかりと味付けられ、
素材が選び抜かれている感じがする。
つまり「粒より」だ。
盛り付けられた全体は、「鶏」というコンセプトでしっかりとまとまりながら、
巨大な梅干しや紅コンニャクによって不思議な変化が生まれ、
強烈な後味を残す。
高崎映画祭のスタッフも「鶏めし」みたいだった。
粒よりで精鋭、調和しながら個性を発揮する。
きょうは午前10時から『ひめゆり』の上映があった。
客席には、若い人や、近隣の学校の先生なども多く、
とても有意義な上映だった。
シネマテーク高崎の茂木代表、志尾支配人が言った。
『ひめゆり』を夏にまた映画館で上映してくれる、と。
同じ映画を3たび上映するのは、シネマテーク高崎はじまって以来なかったことだが、
ひとりでも多くの人に『ひめゆり』を観てもらいたい、
映画に報いたいのだという。
うれしく、かたじけない思いだった。
人口23万の都市ではミニシアターの運営は不可能といわれる。
その不可能に挑戦しているシネマテーク高崎。
運営は、NPO法人たかさきコミュニティシネマが担う。
昨年12月にスクリーンを増設するために大きな借金をしたというが、
その経営を圧迫しないよう、
多くの人の声をかけ、赤字にならない上映にしたい。
群馬県の方、ぜひ、どのように声かけをしていったら良いか、知恵をください。
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高崎だけでなく、全国各地のミニシアターが今夏、
『ひめゆり』の上映、再上映に踏み切ってくれます。ありがとうございます。
詳しくは追ってお知らせしますので、皆さん、ぜひ応援してください。
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最後に、昨年11月、高崎映画祭で『ひめゆり』など戦争を扱った映画5本を上映したときに、
若き支配人、志尾睦子さんらが中心になって書いた文章を紹介したい。
ごく普通に暮らす若い世代にとって、過去の事実をどのように受け止めたらよいのかを考えた、
ほんとうに素晴らしい文章なので、ぜひ読んで欲しい。
【繋ぐ未来のために】
戦争とは、悲しく惨い事である事を誰もが知っています。
だからこそ、「戦争」の二文字を聞いただけで、
その実体に踏み込むことを 私たちは敢てしようとしません。
怖いからです。
今回集められた5作品は、戦争の惨さを映像で
押し付けるものではありません。
人が人として生きる事を奪いとられた戦争があった、
そのことを伝えてくれる人がいる限り、
私たちはその言葉を受け取るだけで、
その想像の向こう側に行くことが出来るのです。
【ひめゆりについて】
『“忘れたい事”を話してくれてありがとう。
“忘れちゃいけないこと”を話してくれてありがとう。』
沖縄出身アーティストCoccoが寄せたこの言葉が、
何よりもこの『ひめゆり』を端的に表している。
そして、本作を手がけた柴田監督は、これを「希望の映画」だとおっしゃる。
第二次世界大戦末期、地上戦となった沖縄の地では
女学生までもが戦場へ送られた。
本作は、戦場で凄まじい体験をし生存した「ひめゆり学徒」の方々の証言を
13年に渡って集めた作品である。生存者たちは80歳前後。
辛く悲しく惨い出来事が、その体験をした現地で語られてゆく。
青々と茂る草木に埋もれた洞窟の前で、穏やかな風がそよぐ海岸で、
彼女たちは未来のために、今なお鮮明に思い出されるかつての出来事を伝えるのだ。
自分たちが語らなければ残っていかないことを知っている、
その言葉たちは未来への希望となって私たちの胸に刻まれるだろう。
