おとといに続いて、長岡でのこと。
長岡の上映会で『ひめゆり』に接したレバノンからの女学生が、
故郷の戦争を思い出して居たたまれなくなったことについて、
その後、僕はずっと考えている。
彼女は、「長岡 市民映画館をつくる会」の会報の表紙のデザインをしている。
食卓の朝食だろうか。コーヒーと目玉焼き、黄身の中には杵持つウサギ。
フィルムで結ばれた遠いTVスクリーンの中にも、満月とウサギ。
幼い頃からつづいてきた戦争、内戦。
日本という「戦争のない国」に来てのギャップ。
家族や友人を残し、自分だけが「戦争のない国」に来ていていいんだろうかという葛藤。
彼女は、月夜のウサギに、戦争と平和のはざまに生きる救い、故郷への思いを託したのだろうか?
ひめゆりの上原当美子さんが、死をまぎわにしたとき「ふるさと」の歌を思い出したという、
そのことをふと考えた。
いちど、きちんとうかがってみたいな。