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《ポレ壁》 教科書に会ってきた!

沖縄の戦後最初の「読み方」の教科書に
会ってきた。

(那覇市歴史博物館蔵。禁コピー)
      B4のガリ版刷り。 


 (那覇市歴史博物館蔵。禁コピー)
      表紙をめくった1頁目に、「アヲイソラ ヒロイウミ」の文字が書かれている。
      イラストは、浜辺に松の木が生え、海には船。
      ひめゆりの引率教員だった仲宗根政善さんらが、
      地獄を経た果てに制定した沖縄独自の教科書。


那覇市歴史博物館が所蔵していて、
6月30日(月)まで、「女性・子どもたちの 沖縄戦」展の中で実物が展示されている。
とても素晴らしい企画展なので、行ける人はぜひ行って欲しい。


《ポレポレ壁プロジェクト》の企画者、宮沢かなえさんの「呼びかけ文」の一部を、もう一度、掲載しておこう。


    こんな言葉がありました。
    「アオイソラ ヒロイウミ」
    戦争の後沖縄で子供達のために青空教室が始まって、
    やがて配られた初めての教科書
    その最初のページに書かれていた言葉です。
    そこから子供達の日常が始まりました。
    それを見守りながら、ひめゆり生き残った学生さんたちの中にも
    教師としてその1ページをめくった方々が多くいらっしゃいました。

    そこから途切れることは無く、今の私たちにも日常が続いています。
    学校や仕事に出かけたり、ご飯を作ったり、歌ったり、
    時々喧嘩もしたり、落ち込んだり笑ったり。
    一人一人の尊い時間。


『ひめゆり』を観たCoccoさんは「お菓子と娘」の歌を“再発見”、発掘してくれた。
Coccoさんを通して出会った宮沢かなえさんは、
「青い空 広い海」の教科書を“再発見”してくれた。

『ひめゆり』は“希望の映画”だと、つくづく思う。

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2008年6月12日 19:05に投稿されたエントリーのページです。

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