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長崎・大分・そして大阪へ

このところ、『ひめゆり』のアニメ製作や英語版のための
膨大な作業に忙殺されているのだけれど、
その合間を縫うかのように、
長崎・大分・そして大阪での上映の場に
2日間、駆け足で旅してきた。


長崎は、原爆の日にちなんだ集会の場での上映。
「『ひめゆり』は九州地区ではあまり上映がされていない、
もっと広く普及させたい」という、
九州共同映画社の井上さんの発案による上映だった。


大分は、シネマ5での上映。
九州での映画館上映は、これが初めて。
支配人の田井さんが
「たとえお客さんが入らない結果になっても
 映画館としての踏ん張りどころ、ぜひやりたい」
とおっしゃって、上映してくださった。
3日間限定の上映なのだけれど、
初日のきょう(9日)は、ありがたいことに、大入り満員。
補助席を出しての上映となった。
シネマ5が、長い時間をかけて地域に根ざした
上映を続けてきた、そして地元のお客さんから支持されている
ことの結果なのだろう。
田井さんや、シネマ5のことは、
いつかあらためて、きちんと書きたい。


考えてみると、僕は、大分の人にとってもお世話になってきた、
というか育てられてきたなぁと思う。
今から20年前、NHKに入ったばかりのとき、
沖縄放送局10人の制作スタッフのうち、2人が大分出身者で、
その2人の先輩がとても魅力的かつ自由奔放なタイプ。
彼らにのびのびと育ててもらったおかげで、
NHKの東京に転勤したときに組織に適応できなくなり、
結局は辞めてしまったが、
彼らからもらったスピリットは、僕の中でいま生き生きと根付いている。
そんなことも、初めて訪れた大分で、思い出していた。


ちなみに、『ひめゆり』の題字を書いてくれた財前謙さんも大分出身。
彼は僕と同い年だけど、彼にはいつもいつも、助けてもらっている。
大分の人は、「やわらかい反骨」というか、
こぶしを振り上げてモノを言うことはしないけれど、
静かに自分を保ち、自らの道を貫いていく。
僕のまわりの大分の人は、そうだったし、
初めてお会いした田井さんやスタッフの皆さんもそうだった。


大分から、特急と新幹線を乗り継いで大阪・第七藝術劇場(ナナゲイ)へ。
2年目のアンコール上映をしてくださった。
大阪では、大阪ボランティア協会の情報誌『ウォロ(Volo)』の協力で、
若い大学生たちとの対談を行った。
『ひめゆり』をもっとも観てもらえていないのが大学生たち。
大学生たちが戦争・平和について考えていくためのきっかけづくりを
どうしたらいいのだろうか、
そんなことを考えるためのヒントを、
若い人たちが提供してくれた。


切ないなあ。
もっとこの人たちとゆっくり過ごしたかったのに・・・。
高速バスにしても、新幹線にしても、なんて便利すぎるのだろう・・・。


僕も、どうしてこんなに忙しいのだろう・・・。
でも、今年は、これまで僕を支えてきてくれた友だちのために
できることを頑張ってする、
そんな年にしたいと思っている。
愚痴なんて言っていられない。
ささやかだけれど、僕にできることをやっていきたい。

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2008年8月10日 02:06に投稿されたエントリーのページです。

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