久しぶりに訪れた北京。
オリンピックの効果があってだろう、抜けるような青空が広がり、
町じゅうが小奇麗になっていた。
『ひめゆり』の上映が北京で行われた。
“日本の人たちのほんとうの姿を中国の人たちに伝えよう”と
6本の日本のドキュメンタリー作品を選び上映する
「2008 REAL」(日本ドキュメンタリー映画交流会)という映画祭が行われた。
会場となったのは、中央戯劇学院。
中国ではとても有名な演劇・映画学校で、
あのチャン・ツーイーの出身校だ。
3日間にわたる映画祭の最終日、
12月24日クリスマスの夜に、『ひめゆり』は上映された。
500人ほどの中国の若者たちが観に来てくれた。
その多くが、これからドキュメンタリーを作って行きたいという夢を持っていたり、
映画・演劇に興味を持つ若者たちだという。
僕は、『ひめゆり』を北京で上映することについて、ためらいがあった。
招待されたとき、参加すべきか否か、大いに迷った。
というのも、『ひめゆり』は、第二次世界大戦の中の出来事をテーマにしていながら
中国やアジアの人たちのことに一切触れていない。
中国の人たちから、
「なんだ、日本国内の被害の話ではないか、
中国への加害の問題を無視しているのではないか」
という反応があるかもしれないということも考えた。
悩み、多くの人と議論をした上で、参加することを決意した。
上映にあたって、司徒兆敦さんとの対談をさせてもらえるということも
大きな理由のひとつだった。
司徒先生は、北京映画学院の監督科の老教授。
文化大革命の厳しい時代を獄中で過ごし、
その後、「第五世代」と呼ばれる監督たちを育て、世界へと羽ばたかせていった人。
簡単にいうと、チャン・イーモウたちの先生だ。
中国の矛盾にしっかり向き合いながら映画を作る監督たちを育て上げた司徒先生は、
21世紀に入ってからは、中国におけるドキュメンタリー製作を指導する人として、
中国の映像界で知らない人はいない。
僕は、2001年から2002年にかけて、北京映画学院に留学していたことがある。
司徒先生に出会い、多くの教えを受けた。
「中国にはこれまで宣伝映画はあったが、本当のドキュメンタリーはなかった、
これからの中国社会は、ドキュメンタリーが必要だ」
と司徒先生はおっしゃり、中国全土のドキュメンタリー作家たちを北京映画学院に招き、
僕たちと交流させてくれた。
僕は、大学生だった頃はほとんと授業に出たことがなかったが、
この留学期間中、司徒先生の授業にだけは必ず出席し、
お宅にも何度もお邪魔をし、ご馳走になりながら議論をさせていただいた。
あの1年がなかったら、今の僕はなかったと思う。
司徒先生が『ひめゆり』をどのようにとらえるのか、楽しみでもあり、心配でもあった。
以下は、司徒先生からの「ひめゆり」へのメッセージだ。
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柴田昌平先生:
我向你祝贺,拍击了一部让日本人民和世界人民永远不应忘记的历史纪录片《姬百合》。作为一个教纪录片的教员,我深深喜爱这部影片,并为你尊重历史,尊重日本人民的情感而感动。我是经历过那场战争的人,对中日人民来说,我们都以泪洗面,以血洗心的。影片纪录了一个个鲜活生命的消失,她们本应活下去,并且生活幸福,结婚生子,延续生命,但一切都在残酷的战火中消失了。中国人民同样在这场战争中失去了很多。人民,都是希望明天更好的,希望今后不再有战争。我相信这部影片会给中日两国人民带来时代友好和增进世界和平的作用。
司徒兆敦
(僕のおぼろげな中国語能力で翻訳すると・・・・間違っているところもあるかもしれないけど・・・)
柴田昌平さん
日本の人たち、そして世界の人たちが永遠に忘れてはいけない歴史を記録したドキュメンタリー『ひめゆり』を撮り、世に送り出したことに対して、あなたを祝福します。私は、ドキュメンタリーを教える一人の教員として、この作品を心より愛するとともに、あなたが歴史を尊重し、日本の人たちの感情を尊重していることに感動を覚えます。
私はあの戦争を経験した人間です。中国と日本の人民からすれば、私たちはみな涙をもって顔を洗い、血をもって心を洗いました。この映画は、一人ひとりの生き生きとした命が消えていくさまを記録しています。彼女たちは本来は生き延びて、幸福な生活を送り、結婚をして子を産み、生命をつないでいくはずでしたが、いっさい全てが残酷な戦火の中で消えてしまいました。中国の人民も同じようにあの戦争の中で多くの命を失いました。人民、すべての人民はみな、明日はもっとよくなるだろうと希望し、今後は二度と戦争が起こらないことを希望しています。私は、この作品が、中日両国の人々に世代から世代へとつながる友好をもたらし、世界平和を促進する作用があると信じています。
司徒兆敦より