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「人類館」

今宵の早稲田大学の大隈講堂は、沖縄にまなざしを向ける人々であふれていた。
戦後沖縄を代表する戯曲「人類館」 (1978年、知念正真作、岸田戯曲賞受賞)、
沖縄の演劇集団「創造」による30年ぶりの東京上演が、
一夜一幕限りで行われたのだ。
僕は、早稲田大学の琉球・沖縄研究所の勝方=稲福所長のお招きをうけ、
スタッフとともに出かけたが、
定員1123人の座席に観客はおさまりきらず、
大隈講堂は熱気につつまれていた。


「人類館事件」という実際の出来事が、戯曲の出発点となる。
1903年の大阪天王寺で開催された第5回内国勧業博覧会の場外パビリオン「学術人類館」で、
沖縄、アイヌ、朝鮮、台湾高砂族、インド、マレー、ジャワなどの人々が
民族衣装姿で陳列され、問題になったのが「人類館事件」だ。
この場面を出発点に、皇民化教育、方言撲滅運動、沖縄戦、日本軍による住民虐殺や集団自決、
戦後の日本からの切り捨て、祖国復帰運動、戦争後遺症など
沖縄の近現代史の重要なトピックをたくみに取り入れながら、
差別/被差別、加害/被害の問題を扱っていく。


とても優れていると思ったのは、「調教師」という役。
展示品である「琉球の男女」を調教する立場の男が、
芝居の後半、実は沖縄にルーツを持ち、
自らの立場をよくしたいがために
「調教する」(加害する、差別する)側にまわっていることが明らかになる。
芝居は、その発見から急展開していく。
それまで共通語(ヤマトグチ)で語られてきた舞台が、
沖縄の言葉(ウチナーグチ)中心の舞台となる。
加害と被害、差別する側とされる側のまなざしが交錯し、
きしみあいながらクライマックスへ向かっていく。
最後に、「調教師」が死に、
それまで虐げられてきた「琉球の男」が調教師の服に着替え、
差別する側にまわっていく驚き。


沖縄の近現代史のつきつける課題は重い。
明治(琉球処分後)の沖縄の「近代化」は、
「皇民化」という極めて普遍性を欠いた論理を抱えながらでないと
歩めなかったからだ。
国境地帯ともいえる沖縄に、日本政府は「皇民化」を他県以上に強く推し進めようとした。
「皇民化」は、天皇を中心とした「家族」にすべての民族を同化させる政策で、
「正しい日本人」であることを求め、そこから遠い者ほど差別された。
しかし「正しい日本人」であるための尺度や論理に、普遍性はなかった。
だから「被害者(差別される者)」は、つねに、さらなる「被害者」を求めて周縁部を見つめる。


「皇民化」と「近代化」がセットになって歩むことになったパラドックス。
これはひとえに沖縄だけの問題ではない。
明治以降の日本人すべての共有する問題だった。
さらにいえば、「差別される側」がやがて「加害する側」にまわっていく現実は
人類の歴史の多くの場面で起こってきた。
そのことを、「人類館」という芝居は、喜劇というユニークな表現で、僕たちに突きつけていた。
苦しい歴史を経て、1970年代に沖縄の人たちが獲得した「知性」と「感性」の高さ。
その輝きで、この芝居は今宵、いまを生きる僕たちをあらためて照らし出してくれたと思った。


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     劇団「創造」による「人類館」の公演は、
     いま東京国立近代美術館で行われている
     「沖縄・プリズム 1872-2008」展の一環として行われた。
     学芸員の方の7年ごしの計画に、
     早稲田大学(琉球・沖縄研究所)が呼応して実現したという。
     なお、早大の研究所長の勝方=稲福恵子さんは、ひめゆり学徒隊の生存者の姪でもある。


     「沖縄・プリズム 1872-2008」展は、今月21日(日)まで。
     詳しくは、http://www.momat.go.jp/Honkan/Okinawa_Prismed/index.html

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2008年12月16日 21:55に投稿されたエントリーのページです。

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