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2009年2月 アーカイブ

2009年2月 3日

学校上映の新しい試み

千葉県立佐倉東高校の現役高校生と大学生の卒業生OGによる
朗読「SAKURA/OKINAWA」&『ひめゆり』上映会が1月30日、31日に行われました。
映画ひめゆりを観る会事務局の富士より報告いたします。

映画の上映前に満席の会場でピーンと緊張したムードの中で2日目の朗読が始まりました。
最前列から3列目の1列には80歳前後の64年前の佐倉高等女学校(佐倉高校の前身)
の元生徒が穴が開くくらい真剣に朗読を見つめていました。

太平洋戦争当時高校生だった佐倉高等女学校の卒業生が軍需工場での勤労奉仕や
日常の様子を綴った文集「丹鈴」(ニレイ)を残していました。この文集を後輩の
現役高校生達が先輩たちの前で朗読をしたのです。

朗読劇は場所を沖縄へ移し、岩波ジュニア新書の「ひめゆりの沖縄戦ー少女は
嵐のなかを生きた」(伊波園子著)から、ひめゆり学徒が学徒動員される前の学校の
様子を読み伝えました。
その後で映画『ひめゆり』が上映されたのですが、動員前の様子が朗読により
紹介されていますのでスムーズに動員後の映画の証言を聞くことが出来ました。

この上映会は64年前の先輩達が文集を作っていなければ実現しませんでした。
そして、言いだしっぺは、沖縄修学旅行の事前学習に上映をしないかと映画を紹介を
した日本史の先生でした。結局学校内での上映は実らずあきらめかけていました。

でも、沖縄の修学旅行から帰ってきて、折角沖縄で見聞きしたことが、きちんと
消化できずに素通りになっているのではと、国語の先生は映画ひめゆりを上映しなかったことを
後悔しました。国語の先生は前から企画を温めていた文集「丹鈴」の演劇部による
朗読と一緒にして一般の人も観られる自主上映会という形で上映会を実現しようと
諦めませんでした。日本史と国語の2人の先生で実行委員会を結成、
自分たちでチケットを売って上映会にこぎつけました。

でも、この企画、演劇部員は1人だけしかいませんので、
他の協力者が必要でした。生徒会を中心に有志を募り、話に乗ったのは
高校生とOBの大学生、誰が欠けても成立しなかった上映会でした。

何と言っても、朗読をしている時の高校生の真剣な目が印象的でした。
64年前の過去を探ろうという目線であり、彼らの立ち姿には現在の自分そして未来に、
しっかりと正面を向いていこうという意志を感じました。

朗読した高校生達の掲示板
朗読をした後の感想等生の声があります。
http://isano.f01.jp/yybbs/yybbs.cgi

千葉県立佐倉東高校 演劇部HP
http://engekibu.seesaa.net/

映画「ひめゆり」を佐倉で上映する会
http://homepage.mac.com/isano/himeyuri/

2009年2月11日

モギマサ 永久に

一ヶ月ぶりに書く。
新作の製作で忙しいということもあったが、
胸につかえていて、書きたくても書けないことがあった。
シネマテークたかさきの茂木正男さんが昨年末に急逝したのだ。


茂木さんの舌ガンが再発したことは知っていたが、
その後も会うたびに、抗がん剤を飲みながら、ビールに付き合ってくれていた。
新しい作品のアイデアをアドバイスしてくれたり、
茂木さんが出会ってきた映画人の思い出話に花を咲かせたり、
茂木さんの若き日の沖縄への旅の苦いエピソードを語ってくれたり・・・。
僕たちを励ましつづけてくれる茂木さんに、
ずっと勇気づけられてきた。
高崎映画祭の代表でもあった茂木さんが、
生前22年間の作品選定作業の、最後に選んだのが『ひめゆり』となった。


2月11日、高崎で、茂木さんの「お別れ会」が開かれ、関越道を北へ向かった。
賑やかにお別れをしようという趣旨だったので、僕も大いに飲み、
前橋の古書店のネコちゃんの茂木さん回想話に腹をかかえて笑った。


茂木さんの跡をつぐ若き支配人、志尾睦子さんの
「残党がやっていると思われたくない、茂木から闘い方は教わった」
との決意表明に共感し、救われる思いで、家路に着いた。


茂木さん、あなたは、今もすぐ近くにいるような気がする。

2009年2月18日

ここから何が始まるか

映画『ひめゆり』に集う会(餅つき大会)が2月14日行われました。
映画にかける想いが、劇場、市民、学校の垣根を越えて初めて語られました。
映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士より報告します。

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「そ~れ」「よいしょ!」

会場は川崎市アートセンター、『ひめゆり』を昨年上映をしていただいた
映画館です。ガラス張りの近代的な建物の中に映画館や小劇場や
ワークショップなどを開くスペースが集まる複合施設です。公設民営、
つまり市民の手により運営されている劇場です。

3Fコラボレーションスペースは市民の交流の場、そこに集まったのは
『ひめゆり』を今までに上映をしてくださった各地の実行委員会、
大学、学校の皆さん、これから上映をする予定の実行委員会、
上映の応援をしてくれている個人のサポーター、映画評論家、
ひめゆり学徒生存者とその家族などバラエティーに富んだ約70名でした。
遠くはスイス、富山、山形、長岡、神奈川、埼玉、東京から
大勢の参加がありました。

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2008年ポレポレ壁プロジェクトの作品が壁に映し出されるなか想いを語りました。


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映画評論家の佐藤忠男さんも参加してくださいました。

最後に、製作中のドキュメンタリー『森聞き』のサンプル映像も全国に先駆けて
観ていただきました。


感じることから始めたい

「平和、戦争について語って」と言われたらほとんどの人は身構えてしまいます。
頭で「考える」こともいいけど「感じる」ことも大切。
感じることから何かが生まれるかもしれない。
でも、まずは、皆に友達になってもらえればと会を計画しました。


おいしいものを食べて、飲んで、歌って、三線を聞いて、
絵を見て、餅をついて、お互いの想いに耳を傾けての5時間
映画『ひめゆり』をきかっけに語りあう風景がこっちのテーブル
あっちのテーブルで広がりました。
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三線演奏「てぃんさぐぬ花」「花」は太田武二さん

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映画からの着想を即興で絵にした宮沢かなえさん

つきたての餅や気持ちのこもった差し入れをみんなで分けていただきました。
分け合ってだべると格別に美味しいし、楽しいですね。
「これこそ平和~!」


支えてくださった皆さんありがとう!!
会場提供、設営、機材に留まらず、アンコや豚汁作りまでお玉やカナヅチを片手に
全面的に協力して一緒に考えてくださった川崎市アートセンターのスタッフの皆さん

もちつきから食べ物関係を取り仕切ってくださったひめゆり上映実行委員会・中野の
皆さん、3月7日中野区 野方地域センター(WIZ)を最高の上映会にしましょう!

ドリンクコーナーで笑顔を振りまいてくださった看板娘のみなさん。

三線演奏をしてくださった、太田武二さん(琉球センターどぅたっち)。

ライブペインティングをしてくださった宮沢かなえさん(絵かき)

差し入れをしてくださった皆さん。ボランティアでお手伝いをしてくださった皆さん。
参加できなかったけど想いを届けてくださった皆さん。


参加された参加者から次々と報告が届いています。

市民映画館をつくる会(長岡)
僕らは旅の途中で何度もジャンプ繰り返し

山形 ぷらっとほーむ
「映画『ひめゆり』に集う会」報告 

明日はぷらほお休みです


ここから何が始まるかはまだわかりません。
皆さんと一緒に考えていきたいです。各地の一人ひとりの想いが少しずつ繋がって
いくことを楽しみにしています。

2009年2月20日

-糸-(ここ と そこ)

こんにちは!映画『ひめゆり』を観る会事務局の富士です。
映画『ひめゆり』に集う会(2月14日)にライブペインティングで参加してくれた
宮沢かなえさんからお手紙が届きましたので掲載いたします。
livePkanae.jpg
(クリックで拡大)

宮沢さんは当日会場の壁に縦70センチ、横240センチのキャンバスにイベント開始から
イベント終了の間に、会場の想いを即興で絵の具で表現してくださいました。


---

お疲れ様です。
いやはや回復しましたが眠気と疲れが身に染みて、もっと体力づくりせねばなぁ...
とつくづく実感中ですね。笑

さて「映画『ひめゆり』 に集う会」ライブペインティング、させていただき楽しかったです。
色々ありがとうございました。「どうやって描きますか?何を描きますか?」
なんて聞かれて前日までは考えてみたりもしたけど予定通りになんて無理でしたね。笑

 「じゃあ始めてください」って、白い画面に対した瞬間...
その瞬間まで「アオイソラ ヒロイウミ」の文字でスタートするなんて
自分でも想ってもみませんでした。

でも、出てきたのがあの言葉でした。そして三線と歌が流れだしたら、
いつのまにか自分のリズムと重なって、音楽や会場のみなさんの想いのようなものと
お話するみたいに色んなことが溢れてきました。描くというより、
会場の力を借りて本当にお話していたんでしょうね。 
ota_kanae2.jpg
 一つ一つ描いて消したものは落書きほどでもない絵だったかもしれないけど...
沖縄のこと、ひめゆりのこと、イラクや色々を想い、会場の中にいて、
消えていく(色となって絵に入っていく)その一つ一つが私にはとても大切なものでした。
時間の終わりが絵の完成なんだなと自然に想ったのもライブペインティングが
私とみなさんとのお話の時間だったからかもしれません。

 -糸-(ここ と そこ)自分と相手を繋ぐ見えない糸をイメージして描いていましたが
お話したとおり、とても嬉しい事がありました。
ito.jpg


絵が形になってくると、小さな小さな参加者さんたちが色々絵を見て言ってくれて。
「どうしてここに窓があるの?どうしてこんなに窓があるの?」
と絵をみて質問してくれました。「誰かが住んでるかもしれないでしょ?」
と私は答えました。「じゃあどうして扉があるの?」と、またの問い。
私はまた「そこに人が住んでるかもしれないでしょ?」と言いました。
答えにはなってないですね。でもやり取りが嬉しかったです。
その子のリクエストで扉の横に人を描きました。
door.jpg

 当たり前のこと。家が建ち窓があり町がある。そこには'人'がいるかもしれない...
でもそんな当たり前のことへの意識がとっても嬉しかったです。
戦車や戦闘機に乗ってスイッチひとつで爆破する兵士にもその先に見えるものを想像して
見つめて欲しい、テレビの前で見てる人もその町にいる人のことをもっと想像してほしい。
私にはいつもそんな想いがあります。絵の窓などただの絵かもしれないけれど、
窓があれば「それはなぜ?」ってその周囲を感じようとする想像力、
その存在が私には頼もしかったです。
 
会場で声をかけて称えて下さった方達がいました。「すごいことをされていらっしゃるんだな」
と想っていた方達ばかりでしたので恐縮でした。
表現方法は違えどみなさん求めるものに向かって自分の足で歩いていらっしゃる。
いつかその足音が大きなリズムを生んで大きな流れさえ作ることになったらなと想います。

今回会場には与那覇百子さんがいらしてくださっていたけれど ひめゆりの方々には 
私たちのような一人一人の名前や顔など覚えていただかなくてもいい、
でも、ひめゆりのみなさんの蒔いた種がどんな風に芽を出して花になろうとしているのか 
どんな花が咲いて香るのか感じていただけたら嬉しいなと想うのでした。
会場でも本当にいろんな花が揺れていましたよね。
hana.jpg
 疲れ果てると、「私のしていることが何になるの?」と、自分を信じる力も失い、
結果ばかり求めてやさぐれ気分になることもあります。
直接、今、兵士の引き金にかけた指を、止められるわけでも
傷ついた子を救えるわけでもない。

 でも、無駄みたいに心もとないことが、どれだけ大切なことか...
富士さんとも、以前、柴田さんともお話していましたね。 
相手のことを考える力、想像力の体力、鍛えるには目には見えない長い道のりで、
空気を積むようにたよりないことのようかもしれないけれど絵でも映画でも音楽でも
話し合いでも、勿論餅つきでも☆ひとつひとつが一歩になるのだと、
ライブペインティングをひとつ積んで、また元気をもらい、今穏やかに想っています。
 
 夢とか希望...一人歩きした言葉だけを安易に使うのはあまり好きじゃありません。
へそ曲がりな大人ですね。(笑)でも今回は富士さんがその素手でゆっくり温めている
「夢」の光に疑いもなく本当に安心して照らされて歩きました。

富士さんもまたひめゆりの皆さんや、柴田さんや、上映に関わるたくさんの人や
御自身の大切な人たちが、大切に抱き育てている夢とか希望の光に照らされて
何かを見ているのだろうと想うし。本当に夢や希望を持っている人のところには
ちゃんとその光があります。だからとっても素敵な景色を見せていただき、
私も少し前にも歩けたんじゃないかなと想って。ありがとうございました。
  
 私は誰に向かってメールを書いているんだろう。いつの間にか富士さんに向けたら
みなさんが見えていて。すみません、それもまたいいですよね
 参加者のみなさん、アートセンターのみなさん、エイシアみなさん、柴田さん...
光を灯し続けるひめゆりの気高き乙女たち...皆さんにありがとうございました。
楽しかったです。エネルギーを頂きました。

                              宮沢かなえ
livePComple.jpg
完成!

--
ここより映画『ひめゆり』事務局富士

宮沢かなえさんありがとう。
キャンバスを夜中までかかって用意してくださった川崎市アートセンターの
スタッフの皆さんありがとうございました。

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