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木原啓吉さんを偲んで


大学生時代に毎週のように入り浸っていた家がある。
成城学園から徒歩15分ぐらいの木原啓吉さん宅だ。
元朝日新聞記者で、環境学の専門家として
千葉大学や江戸川大学で教鞭と執っていらした。
人なつっこく鷹揚な笑顔でいつも迎えてくれて
豊かな体験にもとづく話題は尽きなかった。


木原啓吉さんは朝日新聞盛岡支局が出発点で
昭和30年代の後半、小繋事件という
入会地をめぐる農民と外部地主との紛争に向き合った。
日本の近代をめぐる大事件とも言える小繋事件。
入会地という、江戸時代までの農民たちが享受していたコモンズ
明治政府が税金をとるために所有権を設定したことに矛盾の端を発する。
入会地への所有権の設定の仕方は、日本各地の地域によって異なり
国有林化したところ、地主の所有地として登記したところ、細かく地番を分けて分割所有したところなど様々。
その後、現在の森林政策にいたるまで、山林をめぐる大きな問題・葛藤となっている。


啓吉さんはその後、英国のナショナルトラスト運動を日本に紹介・導入。
日本ナショナルトラスト協会の名誉会長も務めた。


出会いのきっかけは、啓吉さんの長女のSayakaが大の親友だったこと(今も)。
喜びも悩みも語り合う仲で、
当然のことながら、大学卒業後の進路についても大いに悩み、打ち明けていた。
僕は映像に興味があったが、
自分の表現力に自信がなく、踏み出せないでもいた。
そんなとき、啓吉さんは僕に言った。
  「これからはNHKのディレクターだよ。
    NHKの番組にこの間 出演したけど
    ディレクターと称する若い人に原稿に赤を入れられた。
    朝日新聞社で僕の原稿に赤を入れる人間はいないが
    NHKにはいるんだから、驚いた」
テレビという特殊なメディアゆえ、書き言葉とは違った日本語表現が求められるから
ディレクターは赤を入れたのだが
そこに、可能性を見いだした。
   「作文は下手でも、映像の世界には、別の言葉の表現がある。
     一からスタートするのであれば、何とかなるかもしれない」


実際は、僕は今でもナレーションを書くのが大の苦手だが、
啓吉さんに背中を押される形でNHKの入社試験を受けることにしたのだった。


木原啓吉さんが先日亡くなった。
享年83。
僕は中国取材に行っていてお悔やみにも行けなかった。
ここに謹んでご冥福とご家族のご平安をお祈り申し上げます。

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2014年8月24日 15:01に投稿されたエントリーのページです。

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