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      <title>「ひめゆり」　監督日記</title>
      <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/</link>
      <description>長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」　監督・柴田昌平によるブログ</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 01 Jul 2008 22:37:30 +0900</lastBuildDate>
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         <title>うれしい電話</title>
         <description>嬉しい電話があった。
ひめゆり学徒の生存者で、今年１月になって
証言の撮影をすることのできたＺさんからだった。


Ｚさんは、沖縄本島中部のうるま市在住。
うるま市で、６月22日に『ひめゆり』の上映会があり、
Ｚさんも観にいらした。
Ｚさんは戦後教員をしていたが、
教え子たちもたくさん観に来たという。


上映会終了後、Ｚさんのもとに、教え子たちから
つぎつぎと電話がかかってきた。
「先生、映画、ちゃんと観れなかったでしょう？」
と尋ねる教え子たち。
「いえ、観に行ったよ」
と答えるＺさん。
「でも、先生、学校時代は、
戦争の話をしようとすると、いつも泣いて
途中で話せなくなっていたじゃない？
だから、この映画も途中で観れなくなったと思って・・・・」


教え子たちに言われて、Ｚさんははたと気づいたという。
「考えてみれば、私もこの年になって、
ようやく、この事実に最後まで向き合うことが
できるようになったんだねぇ」


電話口の向こうで、Ｚさんの声は弾んでいた。
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         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/07/ureshi-denwa.html</link>
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         <pubDate>Tue, 01 Jul 2008 22:37:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アニメ　プロジェクト　きょう締切</title>
         <description><![CDATA[ひめゆりの心を、幼い子どもたちにも伝えられるよう
アニメを作る―――
その原画作者を募集する公募が、
きょう締切だ。


映画『ひめゆり』をご覧いただいてから
応募してくださった人もいる。
とっても素敵な作品だった。


きょうの消印まで有効なので
想いのある人はぜひ。

<a href="http://www.himeyuri.info/animation/boshu.html">http://www.himeyuri.info/animation/boshu.html</a>

]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/animation-shimekiri.html</link>
         <guid>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/animation-shimekiri.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 30 Jun 2008 14:20:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>雨のち晴れ</title>
         <description><![CDATA[先週、「お天気まつり」と称して、ポレポレ東中野の監督トークに
恥ずかしながら、酔っ払って行ったことを書いた。
　　　<a href="http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/otennki-matsuri.html">http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/otennki-matsuri.html</a>

あのとき、僕のことを笑い飛ばしてくれた素敵な女の子、
ズンコさんの書いてくれた日記が、まわりまわって、僕のところに届いた。
すごくうれしかった。

　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇
<font color="navy">
　　　　　昨日、映画を見ました。

　　　　　「ひめゆり」

　　　　　あ～ひめゆりってあの沖縄のやつね。
　　　　　きっと皆、まず、そう思うよね。

　　　　　私も最初そう思った。

　　　　　映画館の中にはたった６人。

　　　　　もうずっとずっと、何も語ることができなかったおばあたちが
　　　　　初めて口にする、昔の話。
　　　　　切断された手ってね、すごい重いんだって。
　　　　　知ってる？
　　　　　それを１７歳とかの少女が運ぶんだって。
　　　　　私、運べるかな？

　　　　　ものすごーく勇気を出して語ってくれたおばあたちの話を聞きながら、
　　　　　私はただただ泣くことしかできなかった。
　　　　　泣いて泣いて、顔もぱんぱんで。
　　　　　放心。

　　　　　上映が終わった所に登場した、酔っぱらった監督。
　　　　　そんなんあるかな？
　　　　　自分の映画のトークショーに酔っぱらって来るなんて。
　　　　　初日のお客さんがあまりに少なくて、
　　　　　悔しくて悲しくて、お酒を飲まなきゃいられなかったらしい。
　　　　　すごく、愛くるしい監督です。しばやん。

　　　　　そんで、いっぱいいっぱい一緒に笑った。
　　　　　笑った。

　　　　　いわゆるおもーい映画を見て、
　　　　　くらーい気持ちになって、
　　　　　泣いて、
　　　　　笑った。

　　　　　<strong>私たちは、こんな映画を見たあとには、
　　　　　いっぱい笑って、人生を楽しんで、唄いながら帰らなければならない。
　　　　　それが正しい方法なんだと、知りました。</strong>

　　　　　あんな風な感情で笑うのは、初体験。
　　　　　最後はありがとうを言い合って別れました。

　　　　　監督が酔っぱらわなくてもいいように。
　　　　　おばあたちの精一杯がひとりでも多くの人に届きますように。
　　　　　ひめゆりにねむるひとたちを少しでも多くの人たちが覚えていますように。
</font>
　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇

ポレポレ東中野の上映、一週間目は客席がら～んとしていたけれど、
皆の応援があって、２週間目はぐっと伸びた。
経営的には苦しいかもしれないけど、
たぶん、来年の６月も上映してくれる、と、思う・・・・。
　

　　　　　私たちは、こんな映画を見たあとには、
　　　　　いっぱい笑って、人生を楽しんで、
　　　　　唄いながら帰らなければならない。


そういえば、同じようなこと、昨年８月15-16日にＣｏｃｃｏさんも言っていた。
６月15日に、僕に酒をたっぷり飲ませてくれた、
しんゆり映画祭の三浦さんにズンコさんの日記を知らせたら、


　　　　　異議なし！この言葉は絶対正しい。
　　　　　私がしんゆり映画祭のなかに
　　　　　「日本酒同好会」という組織を
　　　　　作ったのもそういう思いがありました。


と、ちょっと言い訳もこめられた共感メッセージが来た。


お天気まつり。　雨　のち　晴れ。


ポレポレ東中野の上映は、今年は終わってしまった。
川崎市アートセンターも、横浜シネマ・ジャック＆ベティも、終わってしまった。
ポレポレの青い壁の絵を、寂しい気持ちになりながら、ひとつずつ外していった。
　（集まった絵については、後日、ひとつずつ紹介していきます）


でも、皆の想いが、少しずつ繋がってきているような気がする。


だって、ズンコさんの日記、愛媛県松山のまみこさんから知らされたんだ。
まみこさんに至るまでに、ミサリンコさんなど、友人たちの手を経て、
僕のところに届いた。
昨晩、千葉のひとみさん経由でも、この日記のメッセージが届いた。


つながっていく。
想いがつながっていく。
こんなことが、10年、20年とつづいて、
人生を刻む年輪のように、命をつないで行けたらいいなぁ。


今日からは、京都シネマでの上映も始まった。
７月は、愛媛、松江、高松、山梨、埼玉などでの市民上映会がつづく。
つながれ、つながれ、つながってほしい・・・・。

]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/ame-nochi-hare.html</link>
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         <pubDate>Sat, 28 Jun 2008 16:37:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>速報　山形　500人突破！</title>
         <description><![CDATA[山形での映画館上映が先週土曜日から始まっているが、
これまでの５日間で500人以上の方が足を運んでくださったという。
地方都市の映画館上映としては、かなり良い。


山形の上映は、「<a href="http://www11.plala.or.jp/plathome/">ぷらっとほーむ</a>」という地元の市民団体が主催し、
山形フォーラムという映画館の場所を借りる形で上映を試みている。
「ぷらっとほーむ」主催者の一人、松井愛さんもCoccoファン。
映画の上映なんて、初めての経験で、
仲間たちと事前に学習会も積み重ねたという。


松井愛さんたちはいま、上映の全ての回で、上映前後の挨拶をしているという。
そこで「バトンをみなさんに繋げたい」と伝えていることが
確実に返ってきているという。
挨拶の後に客席からスタンディングオーべーションもおこるらしい。
「映画を山形に持ってきてくれてありがとう」と・・・。


詳しくは、「ぷらっとほーむ」のブログを。
<a href="http://d.hatena.ne.jp/taki-plathome/">ぷらっとほーむ　スタッフルーム
http://d.hatena.ne.jp/taki-plathome/</a>


　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇

６月２８日、続報があった。
1週間の上映で、727人の方が来て下さったという。
若い市民の努力と、それを支える地域の力が、つながった結果だろう。
福島、そして山形。
Coccoさんのファンの若者たちが蒔いた芽がきっかけになって、
これから東北地方へと『ひめゆり』が広がって行って欲しい。
東北は、北海道についで、沖縄戦での犠牲者の多いところだもの。


]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/yamagata-500.html</link>
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         <pubDate>Thu, 26 Jun 2008 00:00:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>きょう 「集団自決」訴訟 控訴審開始</title>
         <description><![CDATA[東京にいると気づきにくいが、
いわゆる「集団自決」訴訟の控訴審が始まった。
沖縄戦の住民の集団自決が、旧日本軍により強いられたものだという、
沖縄では疑いようのない事実を、歪曲しようとして起こされた訴訟。


一審では、歴史をねじまげる勢力が敗訴。


控訴審がどうなるか、
映画『それでもボクはやっていない』に見るとおり、
裁判官の良心そのものが危うい今日の時世だ、
判決がひっくり返らないように、
きちんと見守りたい。


【沖縄タイムス】　史実確定へ全国で動き／「集団自決」控訴審開始
<a href="http://www.okinawatimes.co.jp/day/200806251700_02.html">http://www.okinawatimes.co.jp/day/200806251700_02.html</a>

]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/shudan-jiketu-kososhin-kaishi.html</link>
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         <pubDate>Wed, 25 Jun 2008 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>２回目の『ひめゆり』 ～ さきまさん（24歳） から</title>
         <description>先週、東京・ポレポレ東中野の客席に、いかにも南方系のきらっとした顔立ちの少女がいた。
昨年、沖縄（あしびなー）の上映会の客席でも見た顔だった。
さきまさん、24歳。
彼女から先ほど、こんな手紙が届いた。


　　　　　今、この手紙を書いている居間のテレビでは、
　　　　　慰霊の日の特集をしています。
　　　　　先日、東中野のポレポレで、壁画のイベントに
　　　　　参加させていただいた、さきまです。
　　　　　その節は、色々お話もしてくださって、ありがとう。


　　　　　私は、今回 『ひめゆり』は　２回目に観る機会だったのですが、
　　　　　昨年のあしびなーで観た時は、あまりの衝撃で
　　　　　泣くことしか出来ませんでした。
　　　　　しかし今回は、証言してくださった方々の言葉を
　　　　　冷静に、ちゃんと聞くことが出来ました。
　　　　　自分に今できる事とか、考えるようになりました。


　　　　　今は私は、東京で絵の勉強をする為に、
　　　　　学生をしています。
　　　　　頑張ると上京していますが、今は少し疲れ
　　　　　が出てしまい、毎日自問自答の日々です。
　　　　　でも、沖縄への想いも、未来への希望も失わず、
　　　　　また頑張れたらいいと思ってます。


　　　　　『ひめゆり』のおばぁ達の話を聞きながら、
　　　　　夢を叶えられなかった人達の悲しみとか、
　　　　　くやしさって、測り知れないものだと思います。
　　　　　その分まで、頑張りたい。


　　　　　沖縄のことも、もっともっと学んで、
　　　　　内地の人たちや、後の世代に伝えられるように
　　　　　なりたいと思いました。


さきまさん、ありがとう。
沖縄を出て、東京暮らしをすると、最初は本当に苦しいと思う。
『ひめゆり』プロデューサーの大兼久由美も、高校を卒業して沖縄から東京に出てきたとき、
耐えられなくて、１年あまりで沖縄に帰ってしまったという。
寂しくなったら、「観る会」の事務所に遊びに来てくださいね。
ボランティアの仕事、たっぷりあります・・・！！？</description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/sakima-san.html</link>
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         <pubDate>Wed, 25 Jun 2008 15:27:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>6.23を過ごして</title>
         <description>６月23日（沖縄・慰霊の日）を、皆さんはどのように迎え、過ごしただろうか？
東京のイベントでは、記憶をどうつないでいくかを、多くの皆さんと考えた。
120人以上の方が来てくださり、小さな会場はあふれかえった。


全体を二部構成とした。


以下は、ざっとした報告。でも、読んでも、うまく伝わらないかもしれない・・・・。


第一部は「与那覇百子さんの６．２３」というテーマ。
百子さんの戦中、戦後を支えた「生きろ」という言葉を中心に語ってもらった。


　　　　　　解散命令の直前に、「何があっても生きるんだぞ」と語ったものの、
　　　　　　自らはガス弾の犠牲になった音楽の東風平先生。
　　　　　　荒崎海岸で洞窟に隠れていたとき、「あなたたちは十分に尽くした、
　　　　　　これからはしっかりと生きなさい」と言い、洞窟から追い出すことで
　　　　　　百子さんらを助けた日本兵。
　　　　　　「死にたい」「死ね」「捕虜になるぐらいなら潔く死になさい」と言うことしか
　　　　　　許されない状況下で、
　　　　　　百子さんは偶然にも、「生きろ」というメッセージを受け取ることができた。
　　　　　　終戦直後、身寄りを失い、天涯孤独の悲しみから泣いてばかりいた百子さんに、
　　　　　　「笑顔で生きなさい、泣きっ面に蜂というでしょう、悲しいのはあなただけでない、
　　　　　　　沖縄の人はみんな悲しいんだ」と諭した近所のおじさん。
　　　　　　そうした「生きろ」というメッセージが、百子さんの人生を支えてきた。


第二部は、「戦争体験の記憶を受け取り、記憶をつなぐってどんなこと？」をテーマに
若きカリスマ編集者・伊藤剛さん、
そして「100年後プロジェクト」を企画した宮沢かなえさんが
トークの口火を切った。


　　　　　　　伊藤さんが、「僕は学校では近現代史は一度も教わらなかったが、
　　　　　　　近い歴史を知らないのは、酔っ払って昨晩の記憶を失っているようなものだ」と
　　　　　　　語り始めた。
　　　　　　　そこで伊藤さんは、自らの視点で、過去100年という時間を振り返る。
　　　　　　　気づいたことは、「既に存在したものがあって、次のものが生まれること。
　　　　　　　人類は、良き未来に向かって、
　　　　　　　人類の祈りのベクトル、確実に拓かれた未来へと進んでいること。」
　　　　　　　スライドや、ビデオ作品を使いながら、語った。


　　　　　　　かなえさんは、「子供の頃にアンネフランクを読んでとても感動したのに、
　　　　　　　大人になってから、たとえばイラク戦争を遠く感じてしまうようになった。
　　　　　　　ひめゆりと出会って、ひめゆりの一人ひとりの青春時代、学園時代の輝きを知り、
　　　　　　　アンネの世界と、イラク戦争とがつながった」という。


　　　　　　　二人に共通したのは、「平和は、
　　　　　　　日々の生活の大事なものを、愛おしむことにつながるのではないかということ。
　　　　　　　いま失いたくないものを未来へと伝えようとしていくこと。」


　　　　　　　百子さんも、「私が、『100年後に残したいものは何か？』と問われたら、
　　　　　　　『きょうと明日がつながっている毎日』と答えたい」と語った。


　　　　　　　過去・現在・未来のどれをもないがしろにせず、
　　　　　　　日々を育んでいくことの大切さ、などが語られた。


　　　　　　　「大切なものは、失って初めて気づくもの・・・・・。
　　　　　　　でも、失う前に・・・・、きちんと気づきたい・・・・。」


ミュージックユニット、寿〔KOTOBUKI〕が、第一部のラストに歌った
「継いでゆくもの」も圧巻だった。


会場にいらした方々との質疑応答もよかった。


結論は何もない。
だが、6.23にこの場を共有できたことは、
少なくとも僕にとっては、未来に向けての大きな一歩だった。
自己満足でないと良いのだが・・・・。


慣れない司会をやった緊張と、皆の想いの深さから受けた興奮がさめやらず、
まだ支離滅裂でしか語れない。
落ち着いて整理できてから、
この6.23を、もっと多くの皆さんと共有できるよう、
きちんと報告したい。


（昨年のＣｏｃｃｏさんとの上映会報告が半年以上たってからできたように、
　かなり時間がかかると思います・・・・。）
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         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/just-after-623.html</link>
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         <pubDate>Tue, 24 Jun 2008 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>朝日新聞6/22社説に「ひめゆり」</title>
         <description><![CDATA[６月２２日の朝日新聞・社説に
ひめゆり資料館に関することが大きく取り上げられている。

その中で、映画『ひめゆり』の２年目上映のことも・・・。

朝日新聞・６月22日・社説
　「沖縄慰霊の日――本土に届け、戦争の記憶」。
<a href="http://www.himeyuri.info/image/blog/20080622_asahi_editorial.jpg" target="_blank">http://www.himeyuri.info/image/blog/20080622_asahi_editorial.jpg</a>
</BR>
</BR>
</BR>]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/asahi-editorial080622.html</link>
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         <pubDate>Sun, 22 Jun 2008 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>２つの「光」　の詩</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.himeyuri.info/event/20080623/index.html">6/23（月）のイベント</a>に来てくれる
音楽ユニット、寿[KOTONBUKI]　の一人、
宮城善光（ナーグシク・ヨシミツ）さんは、とても素敵な詩を書く。
僕の好きな詩を２編、紹介したい。


　　　　「月の夜」

　　　　　　月の光
　　　　　　虫の声
　　　　　　夏の日の夜
　　　　　　忘れないよ

　　　　　　流れてく
　　　　　　流れてゆく
　　　　　　やわらかな
　　　　　　白い雲よ

　　　　　　戦場（いくさば）になった
　　　　　　この島にも
　　　　　　夜の空に
　　　　　　月の光

　　　　　　僕が生まれ
　　　　　　みんなで喜んで
　　　　　　だきしめた夜も
　　　　　　月の光

　　　　　　あなたが死んで
　　　　　　みんなで泣いた
　　　　　　春の夜も
　　　　　　月の光

　　　　　　あぁ光の中で
　　　　　　みんなみんな笑っているよ

　　　　　　忘れないよ･･･
　　　　　　忘れないよ･･･

　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　

　　　　「光」

　　　　　　北へ
　　　　　　北へススメ
　　　　　　裸足で
　　　　　　瓦礫の道を
　　　　　　青い神の海は
　　　　　　黒い鉄の
　　　　　　遠い国の船で埋め尽くされ･･･

　　　　　　痛みをしった人たちは
　　　　　　どこまでもやさしくて
　　　　　　痛みをしったこの島は
　　　　　　どこまでも美しい
　　　　　　さぁ世界へ･･･
　　　　　　光を！

　　　　　　痛みをしった人たちは
　　　　　　どこまでもやさしくて
　　　　　　痛みをしったこの島は
　　　　　　なによりも美しい
　　　　　　さぁ未来へ・・・
　　　　　　光を！

　　　　　　　　　　　　『宮城善光詩集』　（2006年、琉球センター・どぅたっち発行）より

　　～　　◆　　～　　◇　　～　　◆　　～　　◇　　～　

２つの「光」の詩。
これは僕の勝手流な解釈だが、
「北へススメ」とあるのは、
ひめゆりの少女たちが、
戦場で最後に追い詰められたとき、
「北部へ突破しろ」と命じられた、
そのときの情景をイメージしてしまう・・・。
あのときも、すごい月夜だった・・・という。


　　　　　　（解説）宮城善光さんは1965年沖縄県那覇市生まれ。
　　　　　　　　　　 1985年に東京に出て、広島出身の歌手ナビィさんと
　　　　　　　　　　 音楽ユニット、寿[KOTONBUKI]　を結成した。
]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/poem_nagushiku.html</link>
         <guid>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/poem_nagushiku.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Jun 2008 04:24:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>６.２３イベント</title>
         <description><![CDATA[６月２３日（沖縄・慰霊の日）を、遠く離れた僕らも共有したいと、
ポレポレ坐（東京・東中野）で、19時からイベントを行う。

沖縄から、ひめゆり学徒生存者の与那覇百子さんがいらっしゃる。
百子さんは、笑顔がほんとうに素敵な人。
戦争末期、音楽の先生から「生きろ」と言われた。

他のゲストも、若くて魅力的な面々。
そのうちの一人、伊藤剛さんは、知る人ぞ知る「カリスマ編集者」。
彼の発行するGT（Generation Times）は、
ラフォーレ原宿で飛ぶようにはけていく、おしゃれで、内容豊かなタブロイド。
Coccoさんや、ひめゆりの特集もあった。
愛媛で上映会を企画してくれている麻実子さんから紹介してもらった。

６．２３イベントの詳細は
<a href="http://www.himeyuri.info/event/20080623/index.html">http://www.himeyuri.info/event/20080623/index.html</a>

月曜の夜で、いったい観客が来るのだろうかと心配しながらも、
あえて６．２３にこだわって、この日に開催することにした。
時間がある方、ぜひ来て欲しい。
]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/623.html</link>
         <guid>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/623.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 19 Jun 2008 00:55:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>福島、若者たちによる上映会　チケット完売！</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.himeyuri.info/howto.html">『ひめゆり』上映情報</a>を見ていて「おやっ」と思うのが、
福島県郡山市の上映会。
だって、朝９時半からの上映・・・・・。朝早い・・・。


それが、チケット完売したという。


主催は、Coccoファンの若き農家、稲福さん。
　　・・・そうか、農家にとっては朝９時半は、一仕事おわった時間か・・・
いや、そうではなく、この時間しか会場が押さえられなかったという。


稲福さんは、ご両親が沖縄出身だが、
ご自身は本土の生まれ育ちと聞いた。
彼は、昨年８月１５-１６日の上映会に参加したかったが抽選に漏れ、
ついに自ら上映会を組織するに至ったという。


福島は、映画の最後に流れる『別れの曲』の
作曲者、太田博さんの故郷ということもあり、
彼らは、地元の民放やNHK、新聞社も動かして、
『ひめゆり』を伝えようとしてくれている。

すごいパワーだ。


福島の彼らのHP（ブログ）は
<a href="http://himeyuri.365blog.jp/" target="_blank">http://himeyuri.365blog.jp/</a>
とっても元気だ！

]]></description>
         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/fukushima.html</link>
         <guid>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/fukushima.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 19 Jun 2008 00:55:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「コトノハ（言葉）は語れても、コトノネ（事の根）は語れない」</title>
         <description>ここ数日、ひめゆりの皆さんたちから幾度もお電話をいただいた。
琉球新報の文化面に書かせてもらった記事（６月１１日朝刊）を読んで
「よかった」「自分の苦しみが報われた気がする」「ありがとう」と
わざわざお電話をくださった。

琉球新報に僕が投稿した原稿を、以下に転載する。
以前このブログでも書いたことに、さらに加筆したもので、
少し長いけど、時間があるときに読んで欲しい。

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「コトノハ（言葉）は語れても、コトノネ（事の根）は語れない」


ドキュメンタリー映画『ひめゆり』は、ひめゆり学徒の生存者の方々の証言を１３年間にわたって記録し、ひとつの作品としてまとめたものです。これまで記録した証言は全部でおよそ120時間。作品に取り上げたものはわずかにすぎません。
何よりも大事なことは、映画の完成が記録作業の終わりではないということです。映画公開後も、私たちは、これまで記録できていなかった方々を訪ね、証言の撮影をつづけています。今年に入ってから７人の体験をカメラにおさめました。
初夏。毎年この季節になると戦場の記憶がよみがえり、夢にうなされるという人が沖縄では少なくありません。花・草・木・空気・土・岩の様子が63年前のあの時と重なります。むごいようですが、この季節こそ、戦場体験の細部が思い出されて、記憶をたぐりよせ記録するにふさわしい時ともいえます。今年４月、私たちは５人の元学徒の証言を記録することにしました。
ところが、撮影予定の前日になっても、話そうか、止めようか、迷っている方がいました。これまでは私は、ためらう人に対して、強く声をかけることはしませんでした。思い出したくない記憶をよみがえらせるのだから、無理強いをしては絶対にならないからです。でも今回は、何度も電話をしたり家を訪ねたりして、お話をすることを強く頼んでみました。ためらう皆さんは、自分の住む村の近くにもっと重い心の傷を負った人がいるのでそれを差し置いて自分が語っていいものだろうかと思い悩むのです。あるいは、年を取りすぎて記憶に自信がなかいと尻込みをするのです。そして「戦場だったあの場所にまた行ってほしい」と私が頼むものだから、それも心を重くさせる・・・・。
学徒隊生存者の宮城喜久子さんが「語らないと後悔するよ」と同級生たちに何度も語りかけ、説得してくれました。ひめゆり資料館の学芸員の普天間さんや、沖縄（名護）出身のプロデューサー大兼久も何度も電話をして、気持ちをほぐしそうとしました。
皆さん、ほんとうによく決心してくださいました。不安を抱えながらも、お一人ずつ、私たちとあの戦場跡へと向かったのです。

Hさんだけは、100歳になる母親を介護しているため遠出が出来ず、ご自宅のすぐ近く、沖縄本島北部の八重岳へ登ることになりました。八重岳も沖縄戦の激戦地のひとつで、ひめゆり学徒と同じように学徒動員された沖縄県立第三中学校の生徒たちの慰霊碑が立っています。Ｈさんは慰霊碑の前で手を合わせながら、次のような祈りの言葉を口にしました。
　　「ここで亡くなった第三中学校の皆さん、
　　　私も、皆さんと同じように学徒動員された者です。
　　　私はここから遠く離れた南部の戦場にいました。
　　　これから私の南部での戦争の跡をたどってみたいと思います。
　　　理由があって遠い南部の地まで行けませんが、
　　　ここで語ろうと思いますので、
　　　皆さん、どうか見守って、お通しください」
Ｈさんの決意に接して、私の心はふるえ、涙が出そうになりました。

「コトノハ（言葉）は語れても、コトノネ（事の根）は語れない」
今回の撮影の中で、お二人からこの言葉を聞かされました。ひめゆりの引率教員だった仲宗根政善さんが戦後に語っていた言葉だといいます。Hさんは言います。
　　　「どんなに語っても、あの戦場の様子は語りつくせないです。
　　　　今でもありありと目の前に浮かぶようだけど、言葉にはならない。
　　　　『コトノハ（言葉）は語れても、コトノネ（事の根）は語れない』
　　　　仲宗根先生がよく言っていたけど、ほんとうにそうだねえ・・・」
語りつくせない戦場の悲劇。でも、今回口を開いた後の彼女たちは、みな安堵した表情でした。「聞いてくれてありがとう」皆さんが最後にそう言ってくれました。
「こんな時代になってきたけど、未来のためにがんばってください。そしてひめゆり資料館を大切にしてください」
彼女たちは語り部として表に出ているわけではありませんが、忘れたい記憶を心の奥底にしまいながら、静かに未来を祈りつづけているのでした。
私がお会いできていないひめゆり学徒隊生存者はまだ40人ほどいらっしゃいます。すべての方にお会いするのは不可能でしょう。でも歴史を捻じ曲げようとする人たちが台頭しようとしている今こそ、その心をしっかりと受け止めたいと、思いを新たにしました。

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         <link>http://www.himeyuri.info/kantoku_blog/2008/06/kotonoha-kotonone.html</link>
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         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>お天気まつり</title>
         <description>実は、昨晩は久々に深酒をした。
川崎市アートセンターの映像ディレクターの野々川さんと食事したとき、
野々川さんが言った。
「私は『ひめゆり』の最後のスタッフだと思っています。
　この映画を観客に届ける位置（映画館）にいる。
　届けることで、この映画が人々に生かされていく。
　『ひめゆり』を大切にしたいという思いは監督と同じで、
　そういう意味で、『ひめゆり』のスタッフ、最後のスタッフです」
この言葉に本当に感動した。
感謝の思いや、かたじけない思いがこみ上げ、
一緒にいらした三浦さんに薦められるまま、
慣れない日本酒をがんんがん飲んだ。
その言葉はほんとうに嬉しかった。

横浜のシネマ・ジャック＆ベティーでは、
横浜YWCAの金剛さんのお顔が客席にあった。
金剛さんとは４月４日の横浜での上映会のときに
初めて出会った。
以後、『ひめゆり』をずっと陰から支えてくださり、
「チラシをまけるところには全てまき、
　もう思い当たるところがない」
というまで、この２ヶ月間ずっと動いてくださった。
「きのうで通算4回見ました。でも毎回新しい感動を覚えます」
とメールをくださった。
上映担当の富士さんが、「金剛さんには年間フリーパスを」と
冗談を言っていた。
そんな、金剛さんのことも思いながら、酒を飲んだ。

飲んだ勢いで、ポレポレ東中野の最終回のトークに行った。
ポレポレの客足が初日、二日目と予想以上に少なかった、
このことで初日は大いに凹んだのだが、
落ち込んでいても仕方ない、と気持ちを切り替えたかった。
撮影の一之瀬カメラマンが、よく「お天気まつり」と言って大騒ぎをしながら飲む。
ロケ中に、天気が思うようにならないとき、飲んで騒いで
天の神さまに気持ちを変えてもらおうというのだ。
昨日の酒は、そんな「お天気まつり」でもあった。
ポレポレのスタッフが、「柴田監督の昼間のトークがA面で
今のがB面ですね」と苦笑していたが、
会場にいらしていた若い女性たちが（不思議なことに観客は若い女性たちだけだった）、
笑って受け流してくれたのが救いだった。
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         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 20:03:14 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>《ポレ壁》　追加展示について</title>
         <description>多数の応募をいただいている《ポレポレ壁プロジェクト》。
予定していた壁に展示終了後も、多くの作品をつぎつぎと寄せていただいています。
階段の壁に張り切れない分は、
６月23日に予定している特別イベントの会場に
展示します。
ですから、「もう締切だろうから」と遠慮しないで
送ってください。
この企画、10年続けられたら、国立美術館で企画展できるんじゃないか？
　（こくりつ？　くにたち？）
などと冗談言いながら、集まった作品ひとつひとつをいつまでも大切にしていきます。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ポレポレ壁プロジェクト</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Jun 2008 15:33:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>《ポレ壁》　展示完了</title>
         <description><![CDATA[「100年後の毎日に残したいもの」をテーマに作品や言葉を募集した《ポレポレ壁プロジェクト》。
13日の夕方７時から、ポレポレ東中野で展示の作業を始めた。
<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-001.jpg">　　　<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-002.jpg">

<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-005.jpg">　<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-007.jpg">



<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-008.jpg">１階からスクリーンのある地下２階へ
<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-011.jpg">  青い作品でつながっていく。
<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-010.jpg">　「青い空･･･」の教科書も展示。　

<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-014.jpg">　<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-015.jpg">　<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-016.jpg">
個性あふれる作品たち・・・。紅型で染めた「沖縄の海と魚」もあった。

<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-004.jpg">
かなえさんは、沖縄の戦後すぐ、浜辺ではじまった青空学級を描いた。

<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-013.jpg">  　<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-035.jpg"> 
ポレポレ東中野の階段の壁を埋め尽くした、皆さんからの作品たち。

<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-021.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-022.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-023.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-024.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-025.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-027.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-026.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-028.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-029.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-031.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-030.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-032.jpg"> <img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-034.jpg"> 
多数のご参加、ありがとうございました。 
作品詳細と、同封されていたメッセージは追って紹介します。

<img src="http://www.himeyuri.info/image/blog/pole-kabe-100nen/pole0613-017.jpg">

深夜、作業終了。　ボランティアで手伝ってくれたみんな、ありがとう。
　（真ん中の男性は、上映担当の富士さん）
さあ、いよいよ、東京（ポレポレ東中野）、川崎（アートセンター）での上映が始まる。]]></description>
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         <pubDate>Sat, 14 Jun 2008 01:02:15 +0900</pubDate>
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